魔にして魔を狩る者
第八話









藤乃さんの件が終わってしばらくして、夏休みに入った。
藤乃さんもだんだん魔眼の制御を身につけてきたから、そろそろ最近頻発している飛び降り自殺について調べてみよう。
それが起こっている場所は巫浄ビルだからその辺を見に行ってみよう。





巫浄ビルに来てみたのだがこれといった異変は見当たらないな。
やはり昼間は何の異変も感じられないか、夜もう一度来てみよう。





とりあえず伽藍の洞に戻ってみるとセシルさんと藤乃さんがいた。
セシルさんは藤乃さんに魔眼の制御方法を教えているみたいだ。
セシルさんは僕がいることに気づいているけど藤乃さんは気づいていないようだ。
とりあえずはその様子を見ていよう。





「セシルさん、私の能力は制御しきれるのですか?」



「それほど難しいことではないわ、要は心の持ちようよ」



「どういうことですか?」



「あなたの魔眼を制御するのはあなたの心、あなたの意思が魔眼より上を行けば完全に制御できるわ」





僕が藤乃さんに教えているのは技術として魔眼を使いこなす方法のみ、セシルさんはそれより上を教えようとしている。
確かにそれを教えれば、藤乃さんの魔眼は完全に制御できるけど、それはこちらの世界に完全に踏み込むことになる。
僕としてはあまり好ましくないのだけれど。
そう考えていると、セシルさんは次の言葉を発した。





「でもこの方法を学べば後戻りは出来ないわよ」



「後戻りってどういうことですか?」



「普通の人間としてではなく私たちの世界で生きることになるのよ。魔術師たちの世界で」



「それでも私はこの力を制御したいんです、これから先誰も傷つけたくないから」





藤乃さんは勘違いしている。
魔術師の世界で生きるということは殺し殺される世界で生きるということなのだ。
人を殺す覚悟がないのならこの世界に足を踏み入れるべきではない。
さもなければそこに待つのは悲劇だけだからだ。
セシルさんのそれくらいは分かっているのだろうからこう切り返した。





「それならばなおのことやめておきなさい、誰も殺さないためなら魔眼を完全に制御する必要はないわ」



「しかしそれでは」



「安心なさい、薫が教えている方法なら魔眼を暴走させずにすむわ」



「でも」





さすがに自分の過去のことがあるのだろうから完全に制御したいという藤乃さんの気持ちは分かる。
でも、僕もセシルさんもそんなことはも損でいないし完全に制御した結果は藤乃さんも望まないだろう。





「デモもストライキもないわ、こちらの世界に踏み入れるということは誰かを殺す覚悟をするということよ」



「それは…」



「あなたにそれは出来ないでしょう。無感症であった頃ならまだしも今のあなたには出来ない選択よ」



「でもそうしないと、薫さんと対等にはならないんですよね」



「対等ね、薫ももてるわね。でも私と薫も対等ではないわ」





当然だな。
僕がセシルさんと対等な位置に立てるなんてどんな平行世界に行ったとしてもありえないだろう。
まず生命体としても企画が違いすぎる。
そして生きている時間も違いすぎる。
これだけの差があれば対等どころか足元にたどり着くのにすら数百年のときがかかるだろう。
藤乃さんが僕と対等な位置に立つのも似たような理由で不可能だ。
僕と藤乃さんでは生命体として違う。
混血と純血では持てるキャパシティが違うのだ。
それに僕はその中でも天才といわれる部類に入る。
確かに藤乃さんなら並みの混血はたやすくしとめられる位の実力は手に入れられるだろう。
でも浅神家は前線に出て戦うタイプの退魔の家系ではない。
七夜や両儀のようには戦えないし、幼い頃から戦いに触れていないのもある。
人と人が対等になれるのは心の強さくらいなものだ。
それ以外の部分では対等になどなれない。
心の強さを鍛えるのに魔術などまったく必要ではない。
そのあたりをセシルさんには説明してもらいたいのだが。





「さてどう説明しようかしら。まずキャパシティが違いすぎるわ」



「キャパシティって何のですか」



「魔力のよ。わたしと薫では私のほうが大きすぎる、あなたと薫では薫のほうが大きすぎるわ」



「でもそれでは同じところを生きることすら出来なくなります」



「勘違いしているようね。私はともかく薫は一般人の世界から完全に抜ける気はないでしょう」



「そうなんですか」



「そうよ、だって薫は水城の家を継ぐのでしょう。それなら表の部分も継がなくてはいけないわ」



「ということは水城のおじ様の魔術師なのですか?」



「薫の父親も魔術師よ。ただ彼は妻は魔術の存在を知っているだけよ」



「それなら」



「あなたが魔術を学ぶ必要はないわ、もっとも薫の恋人になれるから別問題よね」



「私は負けません」



「じゃあいい女になることね。薫、あなたはどうしたいのかしら?」





このタイミングで僕に対して話題を振りますか普通、この場合は知らん振りをするべきでしょう。
藤乃さんもさっきまでの話を聞かれていたことに驚いているじゃないですか。
まあ、僕としては浅上藤乃さんにはあまり魔術にかかわってほしくないのですが。
でもこれに関しては僕が口を挟むべき問題ではないからこう答えた。





「僕は藤乃さんがしたいと思うことをするべきだと思いますよ」



「ところでいつからそこにいたんですか?」



「この会話の最初からよね」





なんとなく意地の悪い感じの声でセシルさんは僕に話しかけてきた。
僕をからかうのがそんなに面白いかな。





昼間は僕がセシルさんにからかわれるだけで終わってしまった。
さすがに藤乃さんもこれ以上外出できないだろうから帰った。
まあ、これから藤乃さんがどの様な選択をするか分からないな、鮮花さんの例もあることだし。
今気にするべきは巫浄ビルで起きているであろう異変だ。






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