魔にして魔を狩る者
第七話








セシルさんが日本に着てから二ヶ月ほど経った。
今は六月だ。ここ最近は雨ばかりで気がめいる。
ときには夜に散歩をしたりしていたのだけど、ここ最近は天気が悪くてそれも出来ない。
だから夜になっても眠れないような夜はセシルさんと訓練ばかりしている。
今日もセシルさんと訓練をしている。





セシルさんとの訓練はセシルさんからは一切攻撃を加えてこないで僕からの攻撃をかわし続けて僕がセシルさんに当てることが出来るかというものだ。
もう何回もこの訓練をしてきているけれどセシルさんに攻撃があたったことはただの一度もない。
セシルさんと僕との力の差は計りきれないほどに開いている。
だからといって僕がセシルさんに追いつくことが出来ないということはないと思っている。
そう思っているからこそ僕はセシルさんに追いつくために努力できるのだ。





一月ほど前に式さんがセシルさんに挑んだときは式さんもセシルさんにまったく歯が立たなかった。
そのときセシルさんがあまりに強すぎるということが再確認できた。
それまではセシルさんと僕との訓練だったので、僕が弱いのではないかと思ったほどだった。
しかし死徒二十七祖になると僕では歯が立たないのではないかとは今でも思っている。
二十七祖と戦うような機会がもし来たとしたらそのときまでに僕は強くなっているのだろうか。
確かに竜神矛での最大出力での攻撃があたれば二十七祖でも倒せるだろう。
しかし当てることは出来るのだろうか。
それが今の課題なのだ。
だからこそまずはそれから成し遂げてみせる。





結局その晩もセシルさんに攻撃を当てることは出来なかった。
しかしセシルさんに当たるかもという攻撃は出来るようになってきた。
僕は確実に強くなってきている。
このまま行けば後一月以内にセシルさんに攻撃を当てることぐらいは出来るようになるだろう。





次の日は珍しく快晴だった。
その日学校が終わり家に帰っている途中に自殺者を目撃した。
ここ最近何件か自殺者が出ていると噂の巫浄ビルでの出来事だった。
この件を実際に目撃してみてこれは何か魔的なものが関わっているのではないかという疑問が浮かんだ。
いずれ詳しく調べてみよう。
ちなみに僕が通っている学校は式さんが通っている学校と同じ学校で私服でもよいという私立高校だ。
僕はかなり中性的で和風の服を着ている。
式さんは僕と同じ二年生で着物を着ているのでとても目立つ。
おかげで僕があまり目立たないのでその点には感謝してもいいと思っている。
それでも僕もそれなりには目立っている。





家に帰ってからしばらくして夜になった。
その夜も昼間は天気がよかったのに雨になった。
それでも今日は昼間の自殺者の件が気になったので散歩がてら調べてみることにした。
僕の場合散歩といっても普段人が行かない裏通りとか不良の溜まり場になっているような場所を散歩するのだ。
僕の散歩の目的は眠れないときの暇つぶし以外に不良とかと戦って勘を鈍らせないようにすることもある。
いつも訓練をしているから問題ないという人もいるかもしれないがそうではないのだ。
実戦と訓練では感覚も何もかも違っている。
それに僕の訓練ではセシルさんは反撃してこないのだ。
それではいずれ勘が鈍ってしまう、だから僕はこうして散歩をして不良に喧嘩を売ったりしているのだ。
もちろん不良と喧嘩をするときは不良を再起不能にしようとかそれほどのことは考えていない。
逆に出来るだけ怪我をさせないように戦っているのだ。
しかしその夜は違った。





その夜僕は不良の溜まり場近くをうろついていた。
少しすると不良たちが女性を連れて歩いてきた。
その女性は礼園学園の制服を着ていた。
礼園には家の妹も小学校のころから通っている。
礼園に通っている以上その女性はそれなりの金持ちの家の娘なのだろうということが推測できた。
その女性は人形のようだった。
なんとなく気になったので、少し魔術を使って解析してみると無痛症のようだった。
それなら人形のようなのも納得できる。
さらに深く解析してみるとその女性は浅神の生まれの超能力者のようだ。
そこまで解析して僕はふとあることを思い出した。
僕は一度彼女に会っていた、確か浅上藤乃という名前だったと思う。
彼女の能力は視界に収めたものを曲げるという歪曲の能力だった。
おそらくその能力が発動しないようにするために能力と一緒に痛覚を封じたのだろう。
解析結果が出たころにはもう不良たちは溜まり場の中に入っていた。
僕の解析はいったん視界に入ったら、その情報すべてをたとえ自分が理解していなくとも脳内に保存できるという魔眼のようなものだ。
つまりいったん見た情報を脳にすべて留めてから時間をかけて解析するのだ。
僕は彼女のことが気になったので今日の僕の相手はあの不良連中にすることにした。





僕はそのターゲットになった不良たちに対しては殺さなければいいというレベルでしか手加減しなかった。
その理由の一つは僕に対してお嬢ちゃんなどという言葉をかけたからだ。
確かに僕は女性にしか見えないのかもしれないけど殺気立っているときの僕に対してお嬢ちゃんはないと思う。
女一人どうということはないと思ったのだろう、殺気立っている僕の実力も分からないようなでは話にならない。
そんな連中が女性を拉致しているという事実が気に入らなかったというのがもう一つ理由だ。



「こんばんは、大変だったようですね」



不良たちを懲らしめた後そこで呆然としていた女性に声をかけた。
そうすると



「ありがとうございました」



と彼女はやっと落ち着いて返事をした。
彼女は割りと冷静なようだ。
痛覚が封じられているということがその冷静さを生んでいるのだろう。



「確か一度お会いしたことがありましたね、浅上藤乃さんでしたよね?」



そう確認すると彼女は驚いているようだった。
そういえば僕が彼女に会ったのは中学のときの総体だった。
そのときは当然だけど男性用の体操服を着ていたから今とは印象が違うのかもしれない。
しばらくして彼女も気がついたようだ。



「ええそうです、そういえばあなたの名前は何と言うのですか?前にお会いしたときは聞けませんでしたから、お伺いしてもよろしいですか?」



そういえば僕のほうは名乗っていなかった。
彼女のほうもちゃんと名乗ったわけではないがそのとき彼女が着ていた体操服には名前が書いてあったのだ。
僕は改めて名乗ることにした。



「そういえばそうでしたね、僕は水城薫です。以後お見知りおきを」



僕の名前を聞いて彼女は驚いているようだ。
どうやら僕が水城と知って驚いているのとは少し違うようだ。
もちろん僕の名前に対して驚いていることには違いない。
ならばどう違うのだろうとしばらく考えてから思い立った。
だからそのことについて尋ねることにした。



「もしかして藤乃さんは黄泉の知り合いですか?」



黄泉とは僕の妹の名だ。
その質問に対する彼女の返答は聞くまでもなく肯定のようだ。
彼女は僕のその質問に対しても驚きを隠せないようだ。
彼女は僕に対して質問をしてきた。



「あの、あなたと水城さんとはどういう関係なのですか?」



もちろんその答えは察してはいるのだろうけれど信じられないのだろう。
その気持ちは分かる僕と黄泉はまったく似ていないのだ、実の兄弟にもかかわらず。
彼女は僕と違った感じの美少女だ。
僕が神秘的という感じで黄泉は絵に描いた美少女という感じなのだ。
僕は彼女も予想しているだろう答えを返すことにした。



「実の兄弟ですよ、信じられないのも無理はないでしょうけど」



予想していた答えのようなので藤乃さんはさほど驚いていないように見える。
そんなことよりもこんな場所にいるのはあまりよくないと思うので別の場所に移動することにした。
僕たちは近くの公園でしばらく話した後また日曜日に会うという約束をして別れた。
彼女の能力のこともあるので今度の土曜日は浅上家に顔を出してみるとしよう。
最初に彼女に会ったときにあまり気にしないでいたのが残念だ。
まあ、浅上家に顔を出すといろいろ面倒なことになるだろうけどこれも運命だろう。




そうして土曜日になって浅上家を訪ねることになった。
浅上家は浅神家の分家で浅上建設という会社を持っている。
すなわち藤乃さんの家は家には及ばないがお金持ちなのだ。
浅神家は今は没落したけど両儀と同じく古い純血の退魔の家系であった。
だから混血の僕が行くと厄介事になると思っていた。





しかし実際に浅上家に行ってみると僕は歓迎された。
これは浅上建設が水城家の援助があればもっと経営が楽になるという判断の結果のようだ。
僕が藤乃さんについて話をすると藤乃さんが能力をうまく操れるようになるまで面倒を見てくれないかと頼まれた。
やはり浅神家でも藤乃さんの能力が暴発する可能性というのは考えられていたのだろう。
しかしそれに対して何の対処も打っていないというのは問題だろう。
封印しているだけでは力が強まるだけで何の意味もないというのに。
それはそれとして僕は最初からそうするつもりだったので、快く承諾した。





その晩帰ってからセシルさんにそのことを話すとセシルさんと稽古をする羽目になった。
セシルさんは僕のことを恋人のように思ってくれているということが分かったのでうれしくはあったが、死なない程度にしか手加減してくれなかったのですごく痛かった。
その結果セシルさんは納得してくれ、協力もしてくれることになった。




そしてその翌日の日曜日、僕は藤乃さんとの待ち合わせの場所である、アーネンエルベに向かった。
そこにはすでに藤乃さんがいた。
約束の時間の三十分前に来たというのに。
それに何か疲れているみたいだ。
まずは挨拶から。



「おはようございます、藤乃さん」



「おはようございます」



藤乃さんもちゃんと挨拶を返してくれたので調子が悪いというわけではなさそうだ。
寝不足か何かだろうか。
今日の用件のことを考えると少し気になる。
だからこそ聞いておかなくては。



「藤乃さん、寝不足ですか?顔色が優れないようですけど?」



そう聞くとすぐに返事が返ってきた。



「ええ、昨晩は少し話し込んでいたものですいません」



「別に問題はありませんよ、ところでお話したいことがあるので場所を変えませんか?」



今日の本題はこんな場所で話すべき問題ではないだろう。
それに無感症の治療もしなければならないし。
一応ほかにも異常がないか検査しておいてもらわないといけないな。





というわけで僕たちは水城専属の闇医者のところへ行った。
僕も時々行くのだがほとんど検査だけしかしない。
藤乃さんは僕がこのような場所に連れて来たことを不思議に思っているようだ。



「あの、ここは?」



「ここは水城の息が掛かった人の家兼病院ですよ。もちろん世間的に認められたものではないですが」



だからこそさっきの質問も当然予測の範囲内のことだ。
これに対して藤乃さんはどう反応するだろうか。



「私の事情を知っているのですか?」



これは予想外の質問だ。
とはいえ予測してしかるべきではあったな。
まあ隠し事は好きではないし、ちゃんと答えることにする。



「ええ、昨日浅上家の方にも寄らせていただきましたし、藤乃さんの能力についてはこの間会った時に気づきましたし」



「そうですか、では私をどうなされるおつもりですか?」



やはりというか僕のことを少し疑っているようだ。
まあこれも当然だろう、何せ自分の能力は異端であるといわれてきたのだろうから。
異端であるにしても能力の制御は身に着けないと大変なことになる。
だからこそ藤乃さん自身が傷つく前に制御を身に付けなくては。
だから僕は今日の本題について触れることにする。



「藤乃さんには能力の制御方法を身に付けていただきたいのですよ。それについては僕も出来うる限りのことはされていただきます」



藤乃さんは驚いて声も出ないようだ。
まあこれも当然だろう。
とはいえ話の内容は理解していただいているようだ。
だから話を続けた。



「そのためにはまず無痛症という封印を解かなくてはならないのです。そのためにこんなところまで来ていただきました」



そこまで話してやっと藤乃さんは落ち着いてきたようだ。
これでうまく話が出来るだろう。
そう思っていたところで藤乃さんから質問が来た。



「薫さんはどうして私に親切にしてくれるのですか?」



これは本当に予想外の質問だ。
どう答えるべきだろう。
僕が藤乃さんを助けようと思った理由は何なのだろう。
考えても思い浮かばないので、



「なんとなくですよ」



と答えることにした。
それに対して藤乃さんは、



「そうですか」



とこちらの考えを察しているかのように返事をした。
それからしばらく話をした後に藤乃さんの検査をしてもらった。
その結果藤乃さんは虫垂炎だということが分かった。
ということなのでまずはそれを治してもらうために入院してもらい、それと平行して無痛症の治療もやることになった。
僕の役目はそれからだ。
今日はこれでよしとしよう。
僕は浅上のおじさんに連絡して藤乃さんを入院させることを伝えた。
それを聞いたことおじさんは驚いたようだけど納得してくれた。
藤乃さんの入院はここではまずいのでこれまた水城の息が掛かった個人病院に入院することになった。
あちらはまだちゃんとした病院なのだ、病院という看板を立てているぶんだけだが。





それから一週間ほど藤乃さんは入院していた。
その後僕に魔眼の制御法を学ぶことになった。
しかし学校もあるので土日だけということになった。
それでも藤乃さんは十分過ぎるほどに成長した。
その途中で橙子師やセシルさんに会ってもらったときはセシルさんに嫉妬の目を向けているようだった。
しかし二人とも基本的に気が合うようだ。
藤乃さんは結局千里眼と歪曲の魔眼を自在に使えるようになった。
それもたった一月で。
ほんと藤乃さんの才能には驚くばかりだ。
というか僕でも下手すると藤乃さんには勝てないかも。
さて次はどのような事件に巻き込まれるか。
やはり頻発している自殺の件
かな。






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