魔にして魔を狩る者
第三話









黒桐さんが伽藍の洞に勤務し始めてからしばらく経った。
黒桐さんは毎週土曜日には誰かの見舞いに行っているようだ。
それは肉親なのだろうか?
僕にも妹がいるがもう十年近く会っていないようなものなので、今会ってもおそらくそれと分からないだろう。
ちょっと気になるので黒桐さんに聞いてみるとしよう。



「黒桐さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」



「なんだい水城君、僕に答えられることなら答えるよ」



やはり黒桐さんはこんなときでも黒桐さんらしさを失わない。
そういってもらえるならこちらも少し気分が楽になる。



「では失礼だとは思いますが聞かせてもらいます。黒桐さんは毎週誰のお見舞いに言っておられるのですか」



「その話は私も気になるな、答えろ、黒桐」



橙子師もこの話題には興味があるようだ。
この質問が後に僕たちの運命を大きく変えることになるとは誰も予想していなかった。
黒桐さんはこのような失礼な質問にも丁寧に答えてくれた。
黒桐さんは両儀式という女性の見舞いに行っているようだ。
おそらく両儀というのは退魔の一族である両儀に間違いないだろう。
退魔の一属とは今はもう滅んだ七夜を筆頭として両儀、巫条、浅神の計四つの家のことを言う。
僕の家である水城は退魔とは敵である混血であるが、退魔に協力している。
僕たちや遠野のような混血の家系は現代では大変なお金持ちになっているが、退魔の家もそれに負けず劣らずお金持ちだ。
だからこそ二年もの長きに渡ってその目覚めない肉体を保存できたのだ。
その両儀と縁があったとは黒桐さんも変わり者ですね。
特に両儀は二重人格を生み出す家系ですから、堕ち易い。
しかも女性ならばなおさらだ。
陽性である男性の人格が強いのが普通なのだから。



「少し失礼な質問でしたね」



「その両儀式というのはいまだ生きているのに成長していないのか、黒桐」



「ええ、そうです」



そう、僕や橙子師のような人形師にとって生きていながらも成長しないというのは大変気になるのだ。
それがあの両儀だとしたらなおの事だ。
彼の家系は根源につながる体を持つものだから。



「それだとしたら大変興味がありますね、そこにありながら成長しないというのは僕や橙子師が作った人形ぐらいのものですよ」



「橙子さんが作った人形は今にも動きそうだったもんな」



そう、僕や橙子師が作るのは完全なる自分の複製。
自分以上でも自分以下でもないもの。
その技術を持ってすれば活き人形の作成など簡単なのだ。
もっとも僕の人形作りは橙子師の模倣でしかないのだが。





それから数日して、両儀式さんは目覚めた。
黒桐さんは面会謝絶になってしまったため今にも病院に乗り込みそうな勢いだったけれども、どうやら橙子師が会っているようだ。
数日後橙子師から病院についてくるように言われた。
なんでも死者がいるとのことだ。
確かに僕の能力は根源に達した魔法だが、それはただ空間ごと切り裂くというだけで防御できないという点を除けば真空波とたいした差はない。
これは防御にこそ適したものだ。
そう、この魔法はほかの魔法でさえ寄せ付けない究極の盾なのだ。
僕にはもう一つ固有結界と切り札があるがこれは一対一で真価を発揮するものだ。
そこで橙子師に僕がついていく理由をたずねることにした。



「橙子師、僕がついていく意味は見出せませんが」



「両儀式は直死の魔眼もちだ」



そういうことか確かに直死の魔眼などという神話の中でしか出てこない魔眼を持っているなら、両儀式に会うのは意味がある。



「そういうことですか」



「そうだ」



「分かりました」



僕が人形師として大成した理由、固有結界に達した理由、それは僕が変化を最も得意とする魔術師だからだ。
僕の固有結界の名は千変万化、水の属性を持ち確固とした自我を構築しきれずに今に至った僕の心象風景。
一でありながら全である水、すなわちありとあらゆる形を取れるということ。
部分的ならば固有結界なしでも再現できるのだ。
それで直死の魔眼をコピーしろということなのだろう。





僕たちは病院に着いた。
するとすぐに両儀式と思われる人物が二階から降ってきた。



「いやはや、無茶をしますね」



「同感だな」



いきなり二階から飛び降りて無傷とは。
両儀式はほんの数日前に目覚めたばかりなのではなかったのか。



「お前たちのせいでこうなったんだろう!」



「僕は関係ないですよ」



「まあ、手伝え」



やれやれ橙子師の人使いも荒さにも困ったものだ。
とりあえずはあの死体どもを殺すことに挑戦してみよう。
僕ならばあの魔眼をコピーすることまでは出来るようだ。
しかし両儀式の肉体を再現することは僕でも固有結界があっても一瞬が限界だろう。
アレは人の業をはるかに超えている。



「天よ、我に力を与えよ」



これが僕の今の変化の詠唱。十年前から幾分成長したのだ。
これで直死の魔眼は再現できた。
これと僕の魔法を組み合わせればまさしく最強だろう。
しかしこの魔眼は精神的な負担も魔力的それも大きい。



「天よ、我が意に従い切り開け」



これが僕の魔法の詠唱。
天すなわち空間を切り裂くための暗示。
これによって死体どもの線を切った。
これで完全に死体どもは死んだ。
とはいえまだ残っているものもいる。



「さすがだな、水城」



「お褒めのお言葉ありがとうございます。両儀式とやらあなたにもその死体を殺せるはずです」



その言葉に反応したかのように彼女は残りの死体を片付け始めた。
さすが直死の魔眼の正当な持ち主というところですか。
大して武器尾もないというのにあっという間に死者を倒していく。
そしてすべての死体が片付いた。
橙子師は両儀式に話があるようだ。






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