魔にして魔を狩る者
第一話





それから数年橙子師のもとで修行した結果、僕は今までに無かったさまざまなものを手に入れることができた。
たとえば反転しても自分の意思を保つ方法とか、最も自我を保っている時点で反転といえるかどうかは疑わしいけど。
とりあえずは普通の人間には出せないほどの魔力を使うことができる。
僕の魔術の属性は水だったようだ。うちの家系は先祖に海神の類がいたらしいから当然といえるだろう。
だから僕は水を自在に操ることもできるし、あと何種類かの切り札も持っている。





ここ最近ではこのあたりで通り魔殺人事件が起こっているらしい。
橙子師はこの事件の犯人は普通ではないといっているけれど、僕にはまだ普通の人間の意思を持っているのではないかと思われる。
今日はそのことについて橙子師と話そうと思っている。
僕はまだ普通の人間の意志が残っているような者とは戦いたくない。



「橙子師、薫です。少しよろしいでしょうか?」



「水城か、入れ」


さてどのように話を切り出すかというのが問題だ。
燈子師をうまく説得するのは大変骨が折れるから。
出来れば本題だけで済ませたいものだ。



「橙子師、少し話したいことがあるのですが?」



「通り魔殺人のことだろう。今は仕事も無いからかまわないぞ」



燈子師は察しがよいので助かる。



「ありがとうございます。この通り魔殺人には関わりたくないのです」



「どうしてこの事件には関わりたくないと言うんだ?」




相変わらず橙子師は単刀直入な言いだ。
まあ、この方が話しやすいので好ましいのだが。
僕はこの事件以外で反転者をたくさん殺してきたからこの事件は何か特殊なものがあると思う。



「この事件には何か裏がありそうな気がするのです。それが分からないうちに関わるのは早計だと思われます」



「建前はいい、本当の理由を言え」



相変わらず燈子師は本質的なところをついてくる。
確かに何か裏があるのではと思っているのも事実だが、これはさして重要ではない。



「この事件は反転者が起こしたものとは思えないのです」



そうなのだ、この事件は反転者が起こしたにしては不可思議な点が多すぎる。
反転者が起こした事件ならば現場に多少なりとも反転者の匂いとでも言うようなものが残っているものだ。
それなのに今回の事件ではそれが無い。それどころか反転者が起こしたにしては芸術的過ぎる。
反転者には理性というものがかけている、僕は例外だが、それなのにこの犯人はかなり理性的なのだ。



「そうか、ではこの事件は犯人を殺すのではなくとりあえず様子を見て来い」



やはりそれくらいはしておかないといけないだろう。
この事件にどのような裏があるにせよ、この手の事件は燈子師好みの事件なのだから。



「分かりました。それにしてもこの事件の裏には何がいるのでしょうか?」



やはり何かあるのかは少し気になる。
そしてそれに対して橙子師がどう対処するのかも。



「その点は無視しておけ、下手にかかわると危険すぎるからな。この事件に関して依頼は来ていないのだからな」



「分かりました、気をつけます」



この事件にかかわったらあとには引けない気がする。
とりあえず深く関わり過ぎない事だな。





こうして燈子師の工房をあとにして僕は夜になるまでアパートに戻って休んでおく事にした。
おそらく今日当たりこの事件の次の被害者が出そうな気がする。
とりあえずこの事件の犯人だけでも見ておこう。





夜になった。とりあえずは人目につきそうなところを通り魔に見つからないように見て回ることにする。
とりあえず見て回っているが何かピリピリした雰囲気が漂っている。もちろん一般人に認識できるほどではないけど。
これは今日があたりのようだな、この雰囲気の濃いところを探ってみよう。





見つけた、これはやはり一般人のようだ。しかし、かなりこちら側によっているな。
これは通り魔というより殺人鬼と呼ぶべきだな。
しかもこの殺人鬼は自分が殺されるということをまったく考えてないタイプだな。
僕はこういうタイプがもっとも嫌いだ。
少しちょっかい出してみるかな。



「こんばんは、殺人鬼さん」



「へぇ、ぼくが殺人鬼だって分かったのか」



やはりこの人は自分が殺されるということをまったく考慮に入れていない。
だから今すぐにでも殺せるくらい無防備だ。



「あなたは一方的な殺人をするほうですよね」



「だから、それがどうしたって言いたいんだ」



「いえ、あなたとは殺し合いをしようとも思わないということですよ。」



実際は殺し合いをしようと思わないというよりも殺し合いにすらならないというのが真実だ。
だから少しぐらい緊張感を与えておこう。



「それじゃあ、何で出てきたんだ。」



「あなたに警告しておこうと思いましてね。これ以上殺人を犯して自分を見失うようなら僕があなたを殺します。」



「お前にできるかな。」



このせりふは自分に対する過信というものだ。
弱者に対する一方的な殺人しかしていないものに早々敗れるほど僕は弱くない。
それに目の前の殺人鬼は一般人と大して変わらない強さしかない。
これなら油断しなければ絶対に負けない。



「できるかどうかは別問題ですよ。では今日はこれで失礼します。」



とはいえこう言っておくのが正解だろう。
重要なのは出来るかではなくするか否かなんだから。



「君とは二度と会いたくないな。」



「それは僕も同感です。」



この殺人鬼ともう一度会う機会があるとすれば新たな被害者が出たときだろう。
そのようなことがないことを切に願う。
せめてそれくらいの判断力は残っているだろう。
こうして僕は殺人鬼との会合を終えた。
この後少しして通り魔殺人は収束に向かった。






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