影月の書
第6日目
さて、今日も記録をつけ始めることにしよう。
今朝になってみると、昨日の時点で感じられた魔界の門の気配が消えていた。
これは、誰かが深夜のうちに魔界から人間界に出てきたということを意味している。
ロードオブ・ナイトメア様だけがこちらに来られるという事は魔界でのご主人の勢力が衰えるので、考えられないことである。
おそらくは残る二つの勢力のナンバースリーのどちらかあるいは両方が来ていると言う事だろう。
ならばその相手はご主人の勢力のナンバースリーである僕がすべきである。
とりあえず、ご主人がお目覚めになるまでに朝食等の準備を済ませておかなければ、
ほかの事はその後でも大丈夫だろう。なぜならば敵は妖力を発していないからである。
もし戦うつもりがあるのならば多少なりとも妖力を発していなければ、こちらの居場所さえつかむことができないので、
魔力を発していないということはすぐに戦いを仕掛けるつもりはないということである。
このこともご主人に伝えておかなければならない。
ご主人は妖力を隠すことは大変お上手であるが、妖力を見つけることはあまりお得意ではないためである。
そのために魔界での僕の役目は、敵の探索と、ご主人の身の回りのお世話だったのである。
まあ、魔界ではたいした戦いがなかったためにご主人の身の回りのお世話が仕事のほとんどではあったが。
とりあえず、ご主人のご朝食の下拵えと居間の掃除をすることにした。
それが終わってしばらくすると、ご主人がおきて来られた。
「ご主人、おはようございます」
「おはよう」
「報告したいことがございます」
「何だ、言ってみろ」
「はい、魔界の門が開いたようにございます。
しかし、敵は妖力を完全に断っているようなのでこちらの居場所が見つかることはないと思われます」
「そうか、ということは雷禅やナタクではないな」
「おそらく、妖妃もしくは刹鬼のどちらではないかと思われます」
妖妃とは女カの勢力のナンバースリーで魔界のプリンセスと呼ばれている妖怪である。
彼女は非常に妲己に似た能力を持っているが、妲己と違いかなり好戦的な性格である。
彼女の武器は紅火降龍扇というもので、この扇も振るうことによって龍の形の炎を生みだす物である。
刹鬼は雷禅の軍のナンバースリーで魔界最速の妖魔と呼ばれている。
彼も雷禅やナタクと同じく大変好戦的な性格ではあるが、同時に戦略家でもある。
彼はその移動力の高さを生かして目にも留まらぬ速さで刀での連続斬りを得意としている。
彼の刀の銘は雷轟といい、その能力は斬撃に雷の属性を加えるというものであり、僕の華月とよく似た刀である。
彼ら二人は能力もご主人たちには及ばないし、誕生したのも大体1500年ほど前だが、僕にとっては強敵となりえる。
僕にもまだ見せていない切り札があるのだが、それはできればとっておきたいのである。
「そうか。もしその二人なら、お前が相手をすることになるな」
「そうですね。しかし、彼らはなぜ人間界に来たのでしょう。
ご主人のように元が人間というわけでもないのに」
「その辺を調べるのが今回のお前の任務だ、わかったな」
「はい、任務了解しました」
「ということだから、今日は朝のうちから見回りをしておけ」
「はい、わかりました」
その後ご主人はご朝食を召し上がってから登校なされた。
もしかしたら妲己や女カが来ているかも知れないと言うのに、ご主人は大変落ち着いておられるようだ。
とりあえず僕は見回りをすることにした。
まずは魔界の門が開かれたと思われる公園のあたりに来た。
いきなりビンゴだったようだ。
「ひさしぶりねぇ〜、MAGIU」
「探しに来てみたらいきなりビンゴですか、妖妃」
「俺もいるぞ」
「刹鬼、あなたもですか。ということはあなた方は僕を待っていたというわけですね」
「そういうことだ」
「で、用件は何ですか」
「雷禅様から楊ゼンにあてた手紙も持ってきたのさ」
「私も女カ様からの手紙を持ってきたのよ」
「おそらくあなた方の持ってきた手紙の内容はほぼ同じでしょうね」
「そうね」
「あなた方はすぐに魔界に変えるのですか」
「いや、しばらく人間界に滞在するつもりだ」
「どこに滞在するつもりなんですか」
「大丈夫よ。金塊を持ってきたからそれを換金すればいいでしょう」
「あなたたちは馬鹿ですね。金塊を換金するのにも自分の身分を証明するものが必要なのですよ」
「馬鹿はあんたよ。何で楊ゼンじゃなくあんたを待ってたと思うのよ」
「まさかこの僕に戸籍の偽造をしろというのですか」
「そうよ、別にいいでしょう。私たち友達でしょう」
「敵に塩を送るというやつだ」
「何であなたがそんなことを知っているのです」
「少しは調べてきたのさ、人間界の歴史をな」
「仕方ないですね、わかりましたよ」
「じゃあ頼んだわよ」
「いったん家に来てください」
「じゃあ、いくぞ」
そして僕たちは家に帰り、刹鬼と妖妃の戸籍を偽造して、金塊を換金した。
「ふぅ、なぜあなたたちはまた家に来ているんですか」
「別にいいだろ、楊ゼンに直接手紙を渡しときたいんだよ」
「仕方ないですね、ご主人が帰ってこられるまでいてもいいですよ」
そして二人と話をしているとご主人が帰ってこられた。
「おや、妖妃に刹鬼じゃないか。やはりお前たちが来ていたのか」
「そうだ」
「で、用件は何だ」
「俺は雷禅様からの手紙を持ってきたんだ」
「私は女カ様からの手紙を持ってきたのよ」
「じゃあ、それをよこせ」
「ご主人、また魔界の門が開きそうな様子ですが」
「まあ、待て。その前に手紙を読むのが先だ」
ご主人は手紙を読み始められた。
「ところでお二人は手紙の内容を知ってるのですか」
「ああ、知ってるさ。これはお前にも関係することだからな」
「どういうことです」
「それは俺が説明しよう」
「ご主人、どういうことですか」
「お前はさっき魔界の門が開きそうだといったな」
「ええ、そうですが」
「女カたちが全員来て、それぞれの勢力のトップスリーでの戦いをしようといってきたんだよ」
「いつやるのですか」
「明日だ」
「明日ですか」
「そうだ準備をしておけ。ところでお前たち二人は泊まっていかないか」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「罠じゃないだろうな」
「敵に塩を送るというやつですよ」
「じゃあ別にいいか」
「今日はここ最近の魔界の動きでも教えてもらえないか」
「ギブアンドテイクかよ」
「まあ、いいじゃない」
「そうだな、今の魔界はすごく安定しているさ。まあ、俺たちが生まれた頃とほとんど変わらずといったところかな」
「そうか、ならいいが」
「ところでご主人、今日の見回りはどうしましょう」
「そうだな、お前たちを見回りに行って見たらどうだ、人間界に慣れる為にも」
「そうだな、それも面白そうだな」
「そうね」
「じゃあ、そうしましょうか」
そういうわけで僕たち三人は見回りに行くことになった。
「ところでMAGIU、お前なんで見回りなんてしてるんだ」
「それはこの辺りに吸血鬼がいるので、それを倒すためですよ」
「吸血鬼ね〜。人間界にも奇妙なやつがいるのね〜」
「魔界には吸血鬼なんていませんでしたからね」
「血なんか吸って、栄養になるのかしら」
「それはそれぞれの種族次第ではないですか」
「まあ、魔界には敵の恐怖を食らうなんてやつもいるもんね〜」
「そういうことですよ」
「それはそうとして、その吸血鬼とはどんなやつなんだ」
「彼は転生を繰り返しているのでどんな姿をしているかはわかりません」
「そいつの転生はレベルが低いんだな」
「ご主人クラスの転生ができたら、魔界でひとつ勢力が増えるじゃないですか」
「それもそうだな、楊ゼンクラスの転生なんて俺にもできないし、第一転生しようとも思わないしな」
「そうよね〜、いくら転生できても無限に生きることはできないもんね〜」
「そうだな、俺も永遠の命というわけじゃないからな」
「そうだよな、いくら神でも永遠に生きられるわけじゃない、それはヴォルクルスが死んだときに証明されたからな」
「ああ、俺たちは実際の神ではなく神のごとき強さがあるということだからな」
「つまり神クラスと言う事だな」
「そうだ、まあ本当に神が居るのかはわからないがな」
「神のごときといっても、比較の対象が居ないというわけですね」
「そうだ、魔界でずば抜けた強さを持っているということが神の条件だからな」
「俺たちは神霊クラスと呼ばれているからな」
「同じ神霊クラスでも強さに差があるからな」
「神霊クラスは人間界にはいない強さを持ったもののことを言うもんね」
「人間界ではいくら強くても僕を超えることはできませんからね」
「そういうことだな」
「もしその様なことがあれば、そのものは魔界に入ることが可能でしょうね」
「そうね、魔界の門を開くだけの力があるということになるわね」
「しかし、それだけ強いものがいれば、その力は人間界では弾圧されるでしょう」
「そうだな、人間界では強すぎる力は恐れられるからな」
「人の恨みを買うということだな」
「そういうことですね」
「人間の嫉妬って恐ろしいわね」
「そうだな、嫉妬心が純粋な力を凌駕することがあるもんな」
「もし昔のご主人クラスの力を得たものがいたとしてもその力を隠していかなければなりませんからね」
「そしてもし力がばれたら殺されるということだな」
「まあ、今のご主人なら殺すことは不可能でしょう」
「そうだな、今の俺は人間には殺されないさ」
そうこう話をしているうちに、夜も更けてきた。
「そろそろ、見回りに行きませんか」
「そうだな、行ってこい」
「じゃあ、行きましょうか」
僕たちは見回りに出た。
まずは公園に行くことにした。
公園に行ってみると、今日も姫君がいた。
「こんばんは、姫君」
「あら、MAGIUじゃないの、今日も見回り?」
「そうですよ。あ、そうだ。この二人を紹介しておきますね。
女性のほうが妖妃で男性のほうが刹鬼です」
「私はアルクェイド・ブリュンスタッドよ、よろしく」
「よろしく」
「よろしくね」
「ところでこの二人はMAGIUの友達?」
「いえ彼らは残り二つの勢力のナンバースリーです。ちなみに僕はご主人の勢力のナンバースリーです」
「へぇ〜そうなんだ」
「あなたもなめられているのね、こんなやつあなたの敵じゃないでしょう」
「今なら、姫君は敵ではないですが、こちらに来るときにリミッターをかけていたので本来の力の10%も出せなかったんですよ」
「それなら、わからないでもないな」
「おや、志貴様が来られたようですね」
「志貴、今日も来てくれたのね」
「ああ、昨日の話を秋葉たちにしたら、驚かれたよ。どこでそんな話を聞いたんだって」
「で、どう言い訳をされたんですか」
「その前にそこの二人は誰なんだ」
「この二人は残り二つの勢力ナンバースリーです」
「ちなみに楊ゼン君の勢力のナンバースリーは誰なんだい」
「それは僕ですよ、ちなみにネロとの戦いではリミッターがあって僕の力の10%も出せませんでしたが」
「おい、俺たちの名前ぐらい出せよ」
「そうでしたね、男性のほうが雷禅の勢力のナンバースリーで名は刹鬼、
女性のほうが女カの勢力のナンバースリーで名は妖妃といいます」
「よろしく」
「よろしくね」
「遠野志貴です、よろしく」
「と、今日は二組に分かれて見回りをしませんか」
「MAGIU君たち三人と、俺とアルクェイドの二組ということか」
「それでかまいませんよね、僕たちは学校のほうに行ってみますね」
「わかったよ」
「じゃあ、行きますか」
というわけで、僕たちは学校のほうに行くことにした。
おや、血の匂いが濃くなってきたようです。
「おい、MAGIU気づいているよな」
「もちろんですよ、血のにおいがすることですよね」
「そうだ、しかもこれはかなり新しいぞ」
「そのようですね」
「でも追えそうにないわよ」
「そうみたいですね」
「とりあえずこのあたりを探してみますか」
「そうだな」
あたりを探してみたが、血のにおいがするやつはおろか怪しいやつのひとりもいなかった。
「誰もいないな」
「そうですね」
「あの血のにおいは十分と経っていないようだったのにね〜」
「たったの十分で僕たちの調査範囲から逃げるとは考えられませんが」
「それもそうだな、特にお前の調査範囲は5、60キロぐらいあるのにな」
「ということはうまく隠れたっていう事ね」
「そうなりますね」
「じゃあ、探すのを止めるか」
「とりあえず志貴様のところに合流しますか」
「そうするか。」
志貴様のところ行ってみると、姫君の様子がおかしいようだ。
ついに吸血衝動が抑えられなくなたんだろうか。
「姫君、何をなさっているのですか」
「え、何」
「姫君、それがあなたの本性ですか」
「そんなことないわよ」
「否定し切れていないようですが」
「アルクェイドは血が嫌いだといったんだ」
「それでも吸血衝動というのは抑えがたいものですよ」
「どういうことなんだ」
「吸血鬼、特に真祖の吸血衝動というものは自分のもつほぼすべての力を持って抑えなければならないんですよ。
ところで姫君、もし志貴様に何かしようとしたら僕があなたを殺します」
「志貴、今日はこれくらいにしましょう。これ以上は抑えきれないよ」
「じゃあ、明日は学校のほうにいかれてはどうですか。
学校のほうで血のにおいがしましたし」
「じゃあ、そうしよう。アルクェイド、明日は学校で夜の10時にな」
「わかったわ」
というわけで、僕たちはここで解散した。
「おい、MAGIU」
「何ですか、刹鬼」
「確か明日の戦いも夜10時から学校でといっていたぞ」
「そうですか」
「もし敵が学校にいたら志貴様に加勢はできませんね」
「あいつは強いと思うが」
「私もそう思うわ」
「そうですね。今日は明日に備えて帰りますか」
「そうだな」
僕たちは家に帰って、休息をとった。
今日の記録はこれくらいにすることにする。
明日の戦いはどうなるだろうか、楽しみである。