影月の書
第5日目

 

 

ご主人が魔界戦線について説明されてから一晩たった。
今日もご主人のご朝食を下拵えをすることにする。
下拵えが済んだ頃、いつもより早くご主人が起きてこられた。


「ご主人、今日はお早いお目覚めなのですね」


「ああ、そうだな」


「ところで、申し上げたいことがあるのですがよろしいでしょうか」


「ああ、別にかまわないが」


「この体では本来の力の10%ほどしか出せないので、今後の戦いに影響を及ぼしかねないのですが、どうにかできないでしょうか」


「そうか、なら手を打つことにしよう。MAGIU、ちょっと来い」


「わかりました」


「我が力デ創りし者よ、我が命をよってその力を開放せん」


「ご主人、今のは?」


「ちょっとした呪文だ。お前にかけておいたリミッターを解除したんだ。これで本来の力が出せるだろう」


「はい、ありがとうございます」


「ところで今日の朝食は何だ」


「本日のご朝食は和食です」


「そうか、今日は和食か」


「お気に召さなかったでしょうか」


「いや、ちょうど和食が食べたいと思っていたところなんだ」


「そうですか、それならば、僕も和食を選んでよかったと思います」


「ところでMAGIU、お前は今日の昼間はその体を慣らすために訓練をしておけ」


「わかりました」


「さて、じゃあ朝食を食べるか」



ご主人は朝食を取られてしばらく経ってから登校なされた。
僕はしばらくは鍛錬室で体を慣らすことにする。
やはりご主人はすごい。魔界でないのにこれほどの力を出すことができるようになっているとは。
これならばほぼ100%の力を出すことができるので、ご主人の足手まといになることはないだろう。
体を慣らすだけで、気が付くともう日が暮れていた。
もうご主人はご帰宅なさっているようだ。


「ご主人、ご帰宅なされたときにお出迎えできませんで申し訳ありませんでした」


「そんなことはどうでもいいが、体の調子はどうだ」


「すこぶる快調です。これなら、魔界にいたときとほぼ同等の力が出せそうです」


「それならよかった」


「流石はご主人ですね、こんなことはできるとは思っておりませんでした」


「そうか、なら見回りも大丈夫だな」


「はい、ではそろそろ見回りに行ってまいります」


僕はご主人に報告した後、見回りに出た。
とりあえず適当なところを見て回ることにする。



まずは大通りの辺りを見て回った。
敵はまだ見当たらない。まあ、まだ時間が早いのでしょうがないと思いますが。
今はまだ午後8時、本来吸血鬼が活動する時間は午後9時以降だろうから、まだ一時間ほどあるため仕方ないですかね。
今日は少し早い時間に来過ぎたようですね。
少し早いので、公園にでも言って時間を潰すことにしよう。



公園に行ってみると、真祖の姫君が居られるようだ。


「姫君、なぜこのようなところに居られるのですか」


「それはこっちのせりふよ、MAGIU。あんたが何でいるのよ?」


「僕はご主人の言いつけで見回りをしているのです」


「へぇ〜そうなんだ。私は志貴と見回りをするのよ」


「そうなんですか。志貴様はやはりあれですべて終わったわけではないと気づかれたのですね」


「そうね〜」


「では、僕も同行させていただきます。もしものことがあっては大変ですから」


「もしものことって何よ?」


「姫君は完全に回復なされていないのでしょう。その状態で襲われたりしたらどうなされるおつもりですか?」


「そうね〜。確かに襲われたら大変ね〜」


「別に志貴様と二人きりがいいというわけではないでしょう」


「まあ、別にかまわないけど」


「それに、なにやら魔界の門がここ数日の間に開きそうな気配がありますし」


「魔界の門?何それ?」


「魔界の門というのは、姫君よりも強い妖怪が魔界から出たり、魔界に入ったりするときに開く門のことです」


「あなたは魔界の門を開くことができるの〜?」


「今の僕ならば、十分開くことができると思います。ご主人に体の調整をしていただきましたから」


「へぇ〜、じゃあ今のあなたの力が本来の力というわけね」


「そういうことになりますね。今の僕の力は姫君本来の力よりはるかに上ですよ」


「そろそろ志貴も来るから、この話は止めにしましょう」


「そうですね」


そうこうしていると志貴様が来られた。


「よう、アルクェイド!おや、MAGIU君までこんなところで何してるんだ」


「志貴様と同じですよ」


「ということは楊ゼン君もあれですべてが終わったわけじゃないって知っていたのか?」


「そういうことになります。ですが志貴様、ご主人を責めないでください。ご主人は志貴様を心配して話さなかったのですから」


「ああ、分かっているよ。ところでアルクェイドが本来追っていた奴ってどんな奴なんだ」


「アカシャの蛇と呼ばれる吸血鬼よ」


「詳しい説明は僕がさせていただきます。
アカシャの蛇とは無限に転生を繰り返す吸血鬼です。
無限の転生といっても、ご主人とは違い、毎回違う容姿をしています。
彼は死徒二十七祖の番外の二十八番目と言われておりかなりの能力を持っています」


「どれくらい強いんだい」


「ネロには劣りますが、今の姫君よりは強いです」


「まあ、志貴とMAGIUがいれば大丈夫でしょうけど」


「おいおい、ネロを倒したのは楊ゼン君だし、俺たちじゃあ足手まといになるんじゃないか?」


「そんなことないわよ。志貴の直死の魔眼はネロのようなのにはあまり効かなかったけど、ロアには効くはずよ」


「そのロアって何だよ」


「ロアとはアカシャの蛇のことです。彼が吸血鬼になる前の名がミハイル・ロア・バルダムヨォンというのですよ。
まあ、今の蛇が男性か女性かは分かりませんが」


「そのロアっていう奴は特定の性別の奴じゃあないんだ」


「ええ、ロアが転生する先には条件があるけど、それは性別じゃないわ」


「じゃあ、何なんだよ」


「それは僕が説明させていただきます。
ロアが転生先に選ぶ条件は二つあります。
まず一つ目はその家が代々続く名家である事で、
二つ目その家に人ではないものの血が混じっているか、魔術師や魔法使いなどの家系である事です。
例えば呂家や遠野家、両儀家、浅神家、巫条家、七夜家、蒼崎家、などです。
まあ、呂家にはご主人がいますし、七夜家は十年程前に壊滅しましたし、退魔士の家系ですから、ロアの転生先ではないでしょう」


「七夜って、俺のナイフに七夜って書いてあるんだけど。
それと蒼崎家って蒼崎青子って言う人はいるのかい」


「蒼崎青子を知ってるの、志貴?」


「ああ、この眼鏡をくれた人だ」


「そうですか、どおりで志貴様の眼鏡から魔力を感じるのですね。
おそらくそれは蒼崎青子の姉の蒼崎橙子の作品でしょう」


「そういえば先生がそんなことを言っていた気がする」


「蒼崎青子のことを先生と呼んでいるのですか」


「そうだよ、先生は名前で呼ばれるのを嫌っていたから」


「そうよね〜。彼女は名前にコンプレックスを持ってるからね〜」


「そういえばMAGIU君やアルクェイドは先生のことをなんて呼んでいるんだい?」


「わたしは魔法使いと呼んでいるわ」


「僕はマジックガンナーと呼んでいます」


「どうしてそう呼んでいるんだい」


「その説明は僕がさせていただきます。
マジックガンナーは人間界にいるたった五人の魔法使いの一人で、青の称号を持っています。
そして、彼女の得意とする魔術がほとんど呪文の詠唱なしで放つ魔力波だから、マジックガンナーと呼ばれているのです」


「そういうことなんだ。ところで、後の話は歩きながらにしないか」


「そうね〜、そうしましょう」


「では、いきますか」



そうして僕たちは見回りを開始した。


「じゃあ、続きを聞くけど、七夜家ってどんな家だったんだい」


「七夜家は代々人でないものを殺す一族でした。
彼らは優れた退魔の術を自在に使い、数多くの人でないものを殺してきました。
そのせいで滅ぼされることになったのでしょう。
しかし志貴様は七夜家の生き残りだというのですか。
たしかにそれならば、直死の魔眼を持っているというのも不思議ではありませんね」


「じゃあ何で志貴は遠野の家にいるの」


「そんなことを俺に聞くなよ」


「おそらく、八年前の事故というのが関係していると思われますが」


「八年前に何があったんだろう」


「それはご家族の方に聞くべきではないのでしょうか」


「そうだな、また明日にでも聞いてみることにするよ」


「ところで志貴、あの男を見てみてよ〜?」


「分かったよ、あの男がどうしたんだよ」


「あの男はたぶん死者ですね」


「そうね」


「おい、どういうことだ。あの男は死の線が多すぎるぞ」


「彼はもう死んでいるのよ」


「正しく言うとロアに噛まれた者ということですが」


「と言う事はあいつは吸血鬼のなりかけなのか」


「そういうことよ」


「死者はロアに血を供給しているので、死者を殺していけば、ロアが出てくるはずですから」


「ロアをおびき出すというわけだな」


「そういうことです」


「じゃあ、あいつを殺せばいいんだな」


「そうよ」


志貴様は死者を殺した。
志貴様にはあまりに不思議が多すぎる。もし志貴様が七夜の生き残りだとしても、遠野家にいるのはあまりに不自然だ。
遠野家は人でないものの血が混じっているから、志貴様はご家族を殺そうとなされるかもしれない。


「じゃあ、もう今日はこれくらいにしましょう」


「そうですね、今日はこれくらいにしておきましょうか」


「じゃあ、また明日」


僕は志貴様たちと別れて家へと戻った。
志貴様については分からないことが多すぎるので、今度ご主人に伺ってみよう。
家に着いた。ご主人はまだ起きておられるようだ。


「ご主人、ただいま戻りました」


「よう、戻ったか」


「ご主人、お伺いしたいことがあるのですが」


「何だ、言ってみろ」


「はい、志貴様のことなのですが、志貴様の持っておられるナイフに七夜と書いてあるらしいのです」


「そのことか。確かに遠野君は七夜の生き残りだよ。
遠野君には兄がいておそらく彼が今回のロアだと思う」


「そうなのですか。では志貴様はロアの代わりということですか」


「そうだな、でもそれがすべてではないさ。
遠野君はもともと志貴という名前で今のロアも四季だから、
遠野君の父親が七夜の里を滅ぼしたときに引き取ったんだよ」


「そうですか、どおりで志貴様のご家族は隠したがっているんですね」


「そういうことだ。ところで外の様子はどうだった」


「外には死者がうろついているようです。それに魔界の門が開きそうな感じです」


「そうか、じゃあ魔界の三大勢力のそれぞれの戦力のトップスリーのうち誰かが来るということだな」


「おそらくそうだと思います」


「まあ、これ以上考えても無駄だろうから、今日は寝るぞ」


「分かりました。お休みなさいませ」



今日の記録はここまでにする。志貴様についてはまた明日考えることにしよう。
 






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