影月の書
第3日目
今日になってからずいぶん時間が過ぎてはいるが、ここで記録を再開する。
ネロ・カオスが帰っていった後僕たちは姫君の家にお邪魔している。
もう既に姫君の家はネロには見つかってはいるだろうけれども、
ネロのほうから宣戦布告された以上、今さら隠れても無駄だということである。
姫君の家は者が全くと言ってもいいほど生活必需品以外のものがない。
志貴様は疲れられたのと下の階の惨劇の後を見たショックとで眠っておられる。
そうこうしている内に姫君が起きられたようだ。
「MAGIU、あなたは寝なくてもいいから便利よね。
志貴は殺人鬼じゃないの?あれ位の血を見たくらいで倒れるなんておかしいよ」
「志貴様が殺人鬼であるという事実はありません。
たぶん人を殺しされたのはあなたが初めてだと思われます」
「ホント〜?そんなはずないよ〜、志貴の手口は芸術と言っていいほどのものだったもの」
「どういうことですか?」
「志貴の手口は玄関でチャイムを鳴らした後、
私が扉を開けたら有無を言わせず進入して、
こちらが反撃できないように一撃で命を絶ってから、
私を17個のパーツに分解したのよ。
これを芸術的といわずして何というのよ?」
確かに芸術的というのにふさわしい手口だ、
しかしそんな手口よほど手馴れた殺人鬼でさえ困難である。
ご主人クラスの優れた戦闘技術を持ってすれば姫君を一撃で殺すことはできるだろうが、
普通の殺人鬼、ましてや素人の志貴様がナイフの一撃で姫君を殺せるとはとてもじゃないが考えられないことである。
第一に真祖は首を落としたとしてもすぐには死なない種族である。
それが気になるので姫君に聞くことにする。
「姫君、確か真祖は首を落としたとしてもすぐには死なない種族のはずです。
魔術の類を知らない志貴様に一撃で殺せるはずがありませんし、
第一姫君の力が回復していないのはなぜです。
一度死んだとしても傷の治りが遅すぎます」
「うそ〜!!志貴は教会の関係者でもなければ殺人鬼でもないわけ〜!
じゃあどうやって私を殺したというのよ?
普通の方法なんかじゃ今の私は殺せるでしょうけど、
志貴に殺される前の私は殺せないわよ」
「その質問は僕がしているのですから僕が知るはずありませんが、
前にご主人が『遠野君には武術の才能がある。』とおっしゃったのを聞いたことはありますが、
才能があったとしてもあなたを殺すことはできないはずです」
「その話は志貴が起きてからにしましょう。
そんなことよりも私が持っている情報ではあなたのようなロボットはまだ作ることができないはずよ。
その辺について聞きたいけど答えてくれない?」
「それはお断りさせていただきます。
僕の意思でそれを話すことはできません。
僕自身に関する情報を他人に言うことは禁止されていますから。
もしご主人にお会いする機会があればご自身で聞かれてください。
おそらくその機会はすぐに来ると思いますが。僕の能力ならある程度までなら答えることはできます。
今回ネロと戦うに当たってどのような作戦をとるおつもりなのか説明していただけませんか」
「そうね〜、私がネロの注意を引いて志貴が不意打ちでしとめる、
もし志貴が失敗したらあなたと志貴の二人がメインで戦うというのはどう。
志貴の能力が何かは知らないけど絶対に普通の人間じゃないわよ?」
「確かにそうですけど僕がサポートにまわるかどうかは僕自身の判断で決めさせていただきます。
僕の能力も並の人間に劣るとは思えませんし、志貴様の能力しだいでは僕がメインにやらせていただきます。
それに志貴様に敵とはいえネロを殺せるかどうか不安です」
「志貴が人殺しでないというあなたの意見は分かってたけど、
志貴は私を殺したことには変わりないのよ」
「だからこそです。
志貴様はあなたを殺したという事実に苦しんでおられるのです。
だからこそ志貴様を説得できないようならばサポートにまわすべきです、
でないと死んでしまいますよ」
「そうね、その場合は志貴ははずしましょう。」
そこで会話はいったん中断して志貴様が起きられるのを待つことにした。
それにしても志貴様はどのような方法で姫君を殺されたのだろうか?
志貴様の技は気になるが戦力としては期待しにくいと思われる。
志貴様は実戦というものを経験したことがないはずだから、ネロのような人物とは戦い難い相手のはずだ。
ネロは姫君が思っておられる以上の強敵である。
ネロの能力の前には不意打ちすら通用しないかもしれない。
もし不意打ちが失敗したら志貴様は間違えなく志貴様は死んでしまうだろう。
戦いにおいて一番大切なことは覚悟だと、ご主人がおっしゃておられたのを聞いたことがありますので、
それは間違えないことなのでしょう。
しかし、一朝一夕では覚悟はできないでしょうから、志貴様はおそらくサポートにまわっていただくことになるでしょう。
そうこうしている内に志貴様が起きられたようだ。
「おはようございます、志貴様」
「え、何だMAGIU君か。毎朝起こしてくれる翡翠のせりふと同じだからびっくりしたよ」
「翡翠って誰よ〜、志貴」
「アルクェイドには関係ないといいたいけれども、
別に隠しておくほどのことじゃないからな、翡翠は遠野家のメイドだ」
「メイドなんて志貴の家はお金持ちなのね」
「姫君のほうがお金持ちだと思いますけど」
「私そんなにお金持ちかな〜?」
「ホテルの階をひとつ貸しきるなんてことをやっておいて、金持ちじゃないなんていえるわけないだろう。お前馬鹿か?」
「馬鹿はないでしょう、馬鹿は」
「ところで志貴様、ネロが宣戦布告してきたので戦力について知っておきたいのですが、
志貴様はどうやって姫君を殺されたのですか?」
「俺は物が壊れやすい線が見えるんだ。
その線を切ると物が壊れるんだ。」
「志貴、実際にやってみてよ〜?
そこのいすを使っていいからさ〜」
「分かったよ、見とけよ」
志貴様はそうおっしゃって、志貴様はいすをあっさりと分解してしまわれた。
確かに、この方法を使えば志貴様でも姫君を殺すことができるだろう。
しかし直死の魔眼なんてご主人記憶にさえたったの一度しか出てきたことのないほどの代物なのだが、
志貴様はなんと言う才能の持ち主なのだろうか。
今現在志貴様は世界一人殺しに向いている能力をもっておられることになる。
しかし志貴様は殺人を楽しむようなお方ではない。
それは僕やご主人が確信を持っている。
とはいえこのような能力を持っておられることで、志貴様はこのような事件に巻き込まれることが多々あるだろう。
それに志貴様が耐えられることがおできになるかが心配である。
「へえ〜すごいよ、志貴。
直死の魔眼なんて伝説上のものだと思っていたけどあるところにはあるんだね〜。
その眼鏡で能力を封じているの〜?
その眼鏡見せてよ〜?」
「だめだ。お前に渡したら壊しそうだからな。俺はこれがないとだめなんだ」
「確かに死が見えているなんて、普通じゃ耐えられないものね〜。分かったわよ。それは見なくていいわ」
「ところで宣戦布告ってどういうことだよ」
「ネロが帰るときに言ったでしょう、首を貰い受けるって。
それが宣戦布告よ。今夜が決戦よ。
志貴には不意打ちであいつをしとめてほしいのよ。あなたのその眼ならできるでしょう?」
「分かったよ。要するに俺は不意打ちであいつを殺せばいいんだろう」
「そうよ、私があいつの気を引くからあなたがしとめてほしいのよ。
もし不意打ちが失敗してもMAGIUが盾になるから、あなたは確実にネロを殺すことだけ考えればいいのよ」
「僕はそれでかまいませんが。志貴様、殺すという覚悟は本当にできておられるのですか?
その覚悟ができておられないようなら死なれることになりますよ」
「大丈夫だよ。あいつはこのままにしておくとあまりに危険すぎる。これ以上の被害者を増やしたくないんだ。
このままじゃあ秋葉たちが狙われることになるかもしれないからな」
「そうですね家族というものは大切ですからね。
ご主人が危なければ僕も戦うでしょうから。
まあ、そんなことはなかなか起きないでしょうけど」
「そうだね、ところでネロとやらについて説明しろよ。
俺はそいつについて危ないやつ以外は分からないんだからな」
「わかりましたまずは僕が説明させていただきます。
ネロと言う吸血鬼は吸血鬼の中でも特殊な種類です。
彼は死徒二十七祖の一人でその力は精霊に順ずるものがあるといわれています。
すなわち、今の弱っている姫君よりは強いということです」
「とりあえず化物並みに強いということだろ」
「そういうことよ。私がおとりをやるからよろしくね」
「アルクェイド、お前のほうがネロより弱いんじゃないのか」
「そうよ、でもあたしじゃないと囮はできないから」
「分かってるけど、無茶はするなよ」
「無茶はしないわよ」
「さて大筋が決まったところで姫君はお休みになられたほうがいいですよ。
もしかしたらあなたが戦うことも考えられますし」
「そうね、後はよろしく」
話もにと区切りついたので姫君はお休みになられた。
僕はしばらく考えたいことがあるといったので今は誰も話をしておられない。
僕が考えるべきことはいかにして志貴様がお怪我をされないようにするかということである。
志貴様が不意打ちに失敗する可能性は五分五分というところだろうから、僕の出番も回ってくるかもしれない。
僕自身については心配ないだろうが志貴様にもしものことがあってはならないから全力でいかなければならない。
さて、夜になるまでしばらく精神統一するとしよう。
「MAGIU君、僕もしばらく寝ることにするから、日が暮れたら起こしてくれ」
「分かりました」
そしてこれといって変わったことがないまま日が暮れた。
「志貴様、姫君、そろそろ起きてください」
「ふわぁ〜よく寝た。もう夜?そろそろ行きましょう」
「もう夜か。ところでどこで戦うつもりなんだ?」
「公園よ。あそこなら人も少ないでしょう」
「そうだな」
そこで僕たちは公園に向かうことにした。
公園は予想通り人はいなかった。
僕にとっては好条件である。
僕は普段から気配というものがないから人がいようがいまいが関係ないのである。
志貴様はプロ顔負けの気配の消し方である。
確かに志貴様は戦いの才能を持っておられるようだ。
ネロが来た。
「このようなところを死に場所に選んだか、真祖の姫君。こんな茶番に付き合うのもこれで終わりだ」
「こんなところまで私を追ってくるなんてね。あなたは変わり者ね、フォアブロ・ロワイン」
「さすがは姫君、死徒二十七祖の出自などとうに調べているのか」
「二十八祖の間違いじゃない、それともあなたたちはアカシャの蛇を認めていないの?」
「当たり前だ、われわれはあれを認めていない。ただし私はあやつに関しては理解はあるがな」
「やっぱりはみ出しもの同士は気が合うのね」
「そのようなことがあるわけなかろう。はみ出しもの同士の気が合うことなどありえん」
「そう?私を追いかけてくるあたりあなたたちは似ていると思うわ」
今が好機だと思う。
志貴様もそれを察しておられるようだ。
志貴様がネロに不意打ちをかけた。
ネロの注意は完全に姫君に向かっている。
不意打ちは成功したようだ、
しかしネロの背後から使い魔が出てきた。
まさかこのような方法で不意打ちを防ぐとは、
道理で油断しきっているはずだ。
「志貴様、大丈夫ですか」
「大丈夫だ」
「ん、背後でないか起こったようだ」
「志貴、大丈夫?」
「くそ、やられた。」
「仕方がないですね、僕がやるしかないですか。MAGIU、行かせていただきます」
まずは志貴様を救出することにする。
「風雅の舞」
「私もいくわよ」
姫君も参戦されたようだ。
姫君は出てくる敵を次から次へと殺していく。
だんだん大物が出てきたようだがそんなことは姫君には関係ないようだ。
「もうネタ切れ?あなたの使い魔じゃあ私には勝てないわよ」
「使い魔?私は使い魔など使ってはいないが」
姫君がネロの体を真っ二つにした。
「あれは我の体の一部だが」
「姫君後ろです」
「アルクェイド後ろだ!」
「えっ!」
姫君が切り裂いたネロの半身が姫君に取り付いて姫君の動きを封じた。
「それはそう簡単には外れんぞ」
「志貴様、いきますよ」
「分かっている」
「人間、お前たちなどでは私には勝てん」
「なめないでいただきたい、僕の切り札を見せて差し上げます」
「俺だってやればできるんだ」
僕が牽制をして、志貴様が敵の一部を殺していく。
「馬鹿な!なぜ私の元に戻らぬ。何をやった人間?」
「本気でかかって来い」
「そのような必要などない」
ネロは数で押す作戦に出たようだ。
それは僕が望んでいた展開である。
「風神乱舞」
これは風雅の舞を乱発する技である。
命中率は下がるがこの場合関係ない。この一撃たくさんの敵を殺したが、
敵の数は本当に限りないようだ。
このままでは敵の狙い通りになってしまう。
「人間、なかなかやるようだが所詮これまでだ」
「それはどうでしょうかね。ネロ・カオス、あなたはおいたが過ぎたようだ」
「呂楊ゼンだと。なぜ貴様がこんなところにいる」
「ご主人、なぜここに?」
「楊ゼン君来てくれたのか」
「MAGIUお前は志貴君を治療しろ。こいつは僕が片付ける」
「楊ゼン君、提案はうれしいけど僕も戦いたいんだ」
「その傷では足手まといだ。まず傷の治療をしてくれ」
「分かったよ」
「さてといくかな」
「くっ、面倒なやつに会ったものだ」
僕は志貴様の治療をした。
志貴様の傷はあまり深くないようだ。
「志貴様、あなたはネロの元となっている点を探ってそこを突いてください」
「分かった探してみるよ」
「傷の治癒もすぐに終わります。傷は深くないから痕も残らないでしょう」
「僕も再び参戦しますので、隙を突いて一撃でしとめてください」
僕も再び参戦した。
僕はご主人のサポートがメインになるが、ご主人は技のひとつさえ出そうとなさらない。
ご主人にとってはネロでさえ雑魚なのであろう。
僕が隙を作ったところにご主人の一撃が決まった。
ネロは半身を元に戻した。
「邪魔だ、お前がいくらがんばっても僕は殺せない」
ご主人が攻めてできた決定的な隙に志貴様の一撃が決まった。
「これで終わりだ」
「馬鹿な!?私は混沌だぞ、その私がなぜ死ぬのだ」
「あなたが甘く見ていたのよ、ネロ。志貴は私を一度殺したのよ」
「そんなことがありえるはずが…」
「でもそれが事実よ」
「私が人間ごときにやられるとは、弱くなったものだ」
ネロはそういって死んでいった。
さすがは死徒二十七祖の一人ということか、死に様も見事だった。
志貴様の見事な一撃を受けてなお、あれだけ話せるなんて、死ににくい生き物であるだけはある。
「姫君、お久しぶりですね」
「無限転生者、清源妙道真君楊ゼンか、お久しぶりね。まさかあなたのような大物にこんなところで会えるなんて思わなかったわ」
「真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッド、
貴様が来た目的は分かっているが、遠野君やMAGIUを巻き込んだのは気に入らないな」
「楊ゼン君、僕にはさっぱり話がわからないから、説明してほしいんだけど。
それに今回の件に首を突っ込んだのは俺からなんだ」
「直死の魔眼が関係してくるというわけか。ならば話は長くなりそうだな。
姫君や、遠野君が暇ならば、明日うちで話をしないかい」
「私はかまわないけど」
「俺もかまわないよ」
「では明日の4時ごろうちに来てくれないか。
姫君は家を知らないだろうからMAGIUを迎えにやるよ。
MAGIU、お前は姫君の家を知っているか」
「はい、存じております」
「私はかまわないわ。じゃあ、また明日」
「では、今日はこれで」
「じゃあな」
「MAGIU、帰るぞ」
そういうことで本日の記録はここまでにする。
明日は忙しくなりそうだ。
この事件も一区切りだ、僕自身で首を突っ込んだとはいえ、このままではまずい。
この体に馴染んでいないようだから本来のポテンシャルの10%ほどしか出せていないようだ。
ご主人に相談してみようと思う。
ご主人なら解決してくださるだろう。
明日が楽しみだ。