7月21日〜8月20日のガリガリ 8月21日〜9月20日のガリガリ 9月21日〜10月20日のガリガリ
11-20(火) なにもしない
今日はなにもしなかった。ぼくの「なにもしない」ほんとなにもしないで
ただただ一日ぼーーーーっと寝っ転がったりしてなにか考えてるのだ。
ゴハン食べて風呂はいって、本を読んだりもしなければインターネットもしない、テレビも見ないで
ほとんどの時間を、ごろごろ・ぼーっと・なにかわけわかんないことを考えて過ごす。
あ。酒は呑みながら、だけど。
たまーに必要なんだよね。アタマのクリーニングっていうか、なんていうか。
クリーニングするほど、普段いそがしく使い込んでるわけでもないんだけども。
なんか、普段かんがえないことを考えてみるの。
普段は楽しくなきゃってのがあるから、どうしても考えないようにしていること。
例えば、マイナスのことね。自分がどう見られてるかとか、いちいち細かい自分の人に接する態度だとか
いわゆる、こんなのいちいち考えちゃってたら、病気になるよーみたいなことを、あえて考えてみる。
↑こんなことしてて、なにが「クリーニング」だよってかんじだけど・・・。
でもそーすると、かえって落ち着くんだよね。あと脱線しない。
やっぱ一人で生きてるわけじゃーないんだもん。ちょっとはこーいうこと考える機会も持たないと。
でも、メリハリをつけることっていうのはぼくの毎日のテーマだったりもするので
ぼくはこういうやり方をとっているってかんじです。
ふー。
ふと思ったんだけど、これは別に誰か他の人に言ってるわけじゃなくって、
未来の自分に言ってるっていうふうにすることもできるよなぁ。これをこのまま残しておけば
きっと何年かあとに、この日記を書いている今を振り返る時がくるだろう。
その時の自分に対してのメッセージってかんじで。
ふー。なんとでも言えるよなぁ。言うだけなら。なんとでも。
(今日の「食」チェック!)
マカロニグラタン、ビール一本、熱燗、チャンジャごはん、焼きそば
11-19(月) 獅子座流星群
を、多摩川の土手で酒を飲みながらバイトの友達とかと見た。
最初、結構バカにしてたけど、面白かった。
よく考えてみたら、流れ星なんて滅多に見れるもんじゃないし、まして狙って見れるもんじゃない。
それが、上を見上げて探しているとまんまと見つかっちゃうっていう安売りさ。お得感。
普通の日に流れ星をみようと思っていくら夜空を見上げても無駄な行動だけど
昨日はホントにたくさん見えた。見ようと思って見ることができた。
ちょっとだけ感動して、ロマンティックにひたってしまいました。がらにもなく。
ちなみに次の流れ星たたき売り日は50年くらい先のことらしい。
(今日の「食」チェック!)
カレーライス(←半盛り)、長浜ラーメン(+替え玉)、ビール2本、ポテトチップス、ポッキー
***今ちょーオナカ空いてきて、なんか食べようか迷っているけどやっぱやめて寝ようかと思うam10:00。
11-18(日) エビチリにタマゴを加えると美味い。
甘みが増してサイコーに美味くなる。
弱火でトロトロとチリソースを煮込みながら溶き卵を鍋肌から少しづつ垂らして
ハシか混ぜ混ぜ器(!?)でグルグルとかき回し続けて、いい感じになったらエビを投入。
ってかんじー。美味いよ。
なんでいきなしこんなこといってんだってかんじだけどー。
(今日の「食」チェック!)
エビチリ、鮭チャーハン、ビール一本、日本酒少々、バイエルン2本、豚汁とゴハン、なっちゃん
***最近、なっちゃんにはまっててヤバイ。飲茶楼のが健康的なので早く戻そうと思う。
11-17(土) ひぃーっく!
飲んできました。地元のBAR!?で。
なんか変なメンツで、はたから見たら!???って「?」が何個もついちゃうようなかんじだったけど
そんなのは全然気にしないし、かんけーないのだ。楽しければそれでよし。
そこで、ハゲのマスター(←マスターすまん)が大盤振る舞いで、(←気前の良いマスターなんだこれが)
「ルイ13世」ってゆー時価10万円はくだらないという高級酒を一杯づつ客に振る舞ってくれちゃって
それのおこぼれにあずかってきちゃいましたー。ほんと気前のいい、下ネタオヤジなんだーこれが。
香りの強さといい、高級感といい、10万円というプレッシャーの加わった一口。もう最高。
お酒なんて、うまいまずいってそんなに幅があるわけじゃなくって、ほんと気分的なもんや
イメージによって味なんてすぐに変わっちゃうもんだけど、それだからこそ
こんなふうにして飲む高級酒ってかんじで、それはもう気分が良かったっすー。
そして今も気分良い。うえっぷ。もう寝ますー
でもこれの記入は忘れない。今日のお食事。
(今日の「食」チェック!)
カキご飯、ビール一本、みそ汁、おにぎり一個、みどりのたぬき(ミニ)、お通し、里芋の煮付け
お酒→いっぱい(ビールたくさん、ジンロ一本くらい、ルイ13世、バーボン←名前わかんない)
***こんなんじゃ痩せらんないと思った・・・
11-16(金) 本
前はマンガしか読まなかったぼくも、去年くらいからよく本を読むようになった。
それこそ、小説からエッセイ、専門書や論文集など、なんでも読む。
「本」っていうのはよく考えてみたら、その本の作者の考えたことが濃縮されているものだと思う。
「本」にはその作者の、長年にわたる思考の結果が詰め込まれている。
そう考えると、「本」っていうのはすごくお得なものだと思う。
読者であるぼくたちは、その作者が何年もかけて考えたことを、数時間で、何百円というお金で
手軽に知ることができるんだもん。超お得。
本によっては、その人が生涯かけて集大成したものだってある。
そんなモノが数時間という時間で、何百円何千円というお金で手に入れることが出来るなんて
けっこうすごいことだと思ったりした。なんか当たり前のことだけど
そんなふうには考えて読んでなかったもん、今まで。
本を読まずにしてそれだけの知識を得ようとしたら・・・そんなのは無理だよなぁ・・・。
そこから得るものは大きいんだよなぁ、とこうして考えてみて改めて実感。
(今日の「食」チェック!)
ビール1杯、おにぎり一個、カップラーメントンコツ、鮭チャーハン、おしんこ、みそ汁、なっちゃん、おでんちょこっと
***カップラーメンはもうやめようと思う。
11-15(木) 曜日感覚がない
昨日の日記で「一日に食べたものチェック」をしてみて思ったんだけど、
「起きてから寝るまで」が一日なんだとしたら、ぼくの一日というのは曜日や日付の感覚が全くない。といえる。
毎日けっこう規則正しい生活を送っているんだけども、(8時間以上寝てるし)
そのサイクルはかなりめちゃくちゃ。太陽の生活リズムとは全く逆だ。
一般的な人々の24時感覚は、ぼくにとっての朝の8時というかんじ。約8時間のズレ。
そんで朝の9時10時まで起きてるとね。「あー今日は夜更かしだなぁ」って思うわけ。(←なんだそれ)
そういう生活をしてると、一週間が経つのが早いと感じるんですよ。なんでか?
最近、深夜番組をたくさんやるようになってから、新聞のTV欄などで
午前1時のことを「25時」明け方の4時とかのことまで「28時」とかって言うようになってるじゃない。
と、いうことはね。そう考えて当てはめてみると、ぼくは「32時」にいっつも寝ているということもできる。
そして起きるのは、15時とか16時。もうわけわからん。(←って自分で言っておいて!)
まーともかく、こんな生活を送っているわけで、曜日感覚がないわけです。日にちの感覚も。ない。
だから、水曜日の日記を木曜の朝に書いてみたり、木曜の日記を水曜の夜中に書いたりしてしまう。
(↑なんか違う。気づいた?)
最近、わけわかんないこと考えたり、言ったりするのが楽しい。
(今日の「食」チェック!)
ビール3杯、日本酒2合、焼き鳥数本、焼きうどん少々、唐揚げ数個、なっちゃん、大根サラダ少々、おにぎり一個
***やっぱ酒って太るのかなぁ?
11-14(水) 痩せる理屈
よくダイエットに関するウンチク本やTV番組がやってるけど
結局、人によって効いたり効かなかったりということなのであまりあてにならない。
というより、ぼくの場合、明らかに日頃の運動不足と暴飲暴食の蓄積によるものなので
それをしっかり改め直せば、そんなに無理しなくても徐々に減っていくような気がする。
要は、自己管理がしっかりしてないから太ったんだから、それをしてみたら痩せるんじゃないかっていうこと。
とりあえず、今日いちにちに食べたものを思い出してみると、結構よけいな時間によけいなものを
口に入れちゃったりしてるんだよね。なんかオナカが空いてるわけじゃなくても無理矢理たべてる。
そーゆーのが一日なんかいもあるから、まずそーゆーのだけでもなくしていけば
かなりの減量につながるんじゃないのかって思いました。
じゃ、それにはどーするか!?
この日記を活用しようと思ったわけです。日記の一番下に、毎日の「食」のチェックを書いておく。
そうすることによって、ムダな部分が見えてくるからキモチも引き締まるかなって。
よくほら、家計簿とかおこづかい帳をつけるのって、無駄使いを減らすためっていうじゃない。そんなノリで。
って、そんなに甘くないか!?
まーでもダイエットが成功するかしないかって、自分の意識の問題が一番大きいんだと思うので
毎日、日記書くついでに思い出して「食」のチェック。してみよーと思います。
それをやっていくことで、少なくともダイエットしてるんだっていう意識は高まるかと思うので。
(今日の「食」チェック!)
メロンパン、午後の紅茶(ミルク)、ビール4本、お菓子(おつまみ)、長浜ラーメン(+替え玉)
***長浜ラーメンの替え玉がよけい!
11-13(火) なっちゃん
セブンイレブンで「なっちゃん」を買ったら、
ティッシュペーパー(箱)とちっちゃな手さげがついてきた。
ちょっとうれしい。
今日はちょっと宣言をひとつ。
昨日(月曜夕方)の時点で、ぼくの体重は「66kg」
久しぶりに会う人、会う人に「太ったよね。」と言われる。
考えてみれば、ぼくの大学一年時(約4年前)の体重は「51kg」
約4年間で、まさに15kg増!これはヤバイ!!
そんなぼくももう23歳。
このへんでどうにかしておかないと、もう一生このまま、もしくはますます太るのみ。
もう一度、履けなくなった細いパンツを履きたい!チビTを着たい!!
なんか太ってくるにつれて、オシャレとかだんだんどーでもよくなってきちゃうんだよね。
このへん気合い入れ直しとかないと、このままずるずるオヤジになっちゃう。
そこで決意しました。
ワタクシ、カザマソウイチは今日からダイエットにはいります。
目標は10kg減!55kg!!
ただ痩せるんじゃなくって、筋肉つけようと思う。だから筋肉のぶん+4kg。
来年の春までに目標にどんだけ近づけるか!?
とりあえず、買った「なっちゃん」は飲むのをやめて、飲茶楼を飲んだ。
11-12(月) 興奮気味!
それはといへば。M・ジョーダンの試合をTVで見てるからじゃ。
このオヤジ、すごすぎる!世界最強の40歳なんじゃないかと思う。
ちょー渋い。プレイも、試合後も、他の若い選手に対してとか。もう渋すぎる。
ほんとにすげーかっこいい人だ。とても40歳とは思えん。
もうジョーダン見てると、うっとりしてくる。もうコトバは何もいりません。ってかんじ。
イチローが終わって、あんましTV見なくなるかなって思ったけど
ジョーダンが帰ってきたおかげで、楽しみが一つ増えました。ありがとう、ジョーダン。
11-11(日) 1111の日に何を思うか!?
べつになにもおもいません。ごめんなさい。
最近、ズボンがきつい。
11-10(土) 小林秀雄(2)
なんだー。ほぼ日で書いてる「小林秀雄」さんは同姓同名でコピーライターやってる人だったのね。
「あたし、脱いでもすごいんです」の人みたい。
で、ほぼ日の変な文章、面白いからおすすめですよ。わけわかんなくて面白い。
で、で、おじいちゃんの「小林秀雄」とはこんな人だったみたい。
インターネットって便利だなぁ。
11-09(金) さんしょ
ふと、口にする。
ピリリはサンショでも小粒と辛い
なんか違う。
小粒はピリリでもサンショと辛い
ピリリは小粒でもサンショと辛い
小粒はサンショでもピリリと辛い
あ、近づいた。
サンショは小粒でもピリリと辛い
正解
11-08(木) 小林秀雄
ほぼ日を読んでたらみつけたコーナー「小林秀雄・あはれということ」。
なんかキチガイな文章だけど、なんだかよくわからずにずらずらと面白がって最後まで読んだ。
そしていまさら「小林秀雄って何の人だ?」って、ふと疑問に思う。
今日の学校の講義(一般教養の日本語学)で「小林秀雄」の話題が。
「本居宣長」についての本を書いた人だと紹介される。「この人は作家か?」
帰ってきて、YAHOO!で「小林秀雄」と検索。見つけた。彼はとんでもなくおじーちゃんだった。
しかももうとっくに死んでいる。
だとしたら、ほぼ日で書いているのは何者か!?
「小林秀雄」くらい知らない、ぼくは無知か!?
11-07(水) チェキ
飲み友達で占い師の大曲さんと飲んだ。
なんかポラロイド(いかつい体に似合わず「チェキ」だった)を持っていたので一枚チェキしてもらった。
なんか女子高生になっちゃった気分。写っているのは変な二人組ですけど。→
そーいや、大曲さん。今度「みなさんのおかげでした」に出るみたい。
なんかプロレスラー役で、ノリタケとかをぶん投げる仕事らしい。
占い師じゃなかったのってかんじ。めちゃくちゃな人です。
チェキ→
11-06(火) 汚ギャル(3)
汚ギャルを見た!
渋谷をぶらぶらしてたら、なんかBEAMSの近くの公園でソックスを洗っている女子高生っぽいやつらがいた!
さすがに「なにやってんの?」とか聞いてみることは出来なかったけど、ホントにいた!
面白かったからしばらく見てたんだけど、人目を気にする様子はカケラもなかった。
(ってゆーかしばらく見てるヤツなんてぼくくらいしかいないから
みんな通りすがるだけでなんも疑問に思わなかったのかもしんないけど、ちゃんと洗ってた!)
ぼくがそのとき、ふと思ったのは、彼女たちが「人目を気にしない」ってとこだ。
よく考えれば、「人目」って以外と自分に集まってないもんで、たいていの場合、自意識過剰なだけだったりする。
たとえば、ズボンのチャックが開いていて電車に乗ったとする。それで駅に着いてからそれに気づいたとき
たいていの人は、慌ててチャックを閉めながら顔から火を吹くようなイキオイで恥ずかしがるだろう。
けどよく考えてみれば、そんなのほとんど誰も気にしてないし見てないんだよね。
恥ずかしがるっていう心理が他人を前提としてわき起こるもんだとしたら、別に見られてないんだもん。
火を吹くほど恥ずかしがる必要はないやね。
仮にもし見られてしまってたとしても、そんな知らない人がチャック空けてたからって
そんなのをいつもでも覚えているわけもなく、次の日には忘れちゃってるし。自分に置き換えてもそうでしょ?
自分がチャックを開いている人を電車で見かけたとしても、そのとき一瞬はフフンって思うかもしんないけど
たいていは次の瞬間にはもうどーでもいことになっちゃってる。
なにが言いたいかっていうと、彼女たちはそういう論理で行動してるんじゃないかっていうこと。
もちろん、そこまで考えてやってるなんて思っちゃいないけど、そういうことをヘイキでできちゃう心理って
いうのはそーいうしくみから成り立ってるっぽい。
なんかわかりづらいからちょっとわかりやすく言うと、ほら
よく「誰もおまえのことなんて見てやしねーよ」って言われることあるじゃん。
それの逆。「どうせ誰も私のことなんて見てないからいーや」ってかんじ。
明日も渋谷に用事があるので、ちょっと早めに行ってぶらぶらしようと思う。
11-05(月) ひげ
ウサマビンの「ひげ」は長い。頭髪よりも長いんじゃないかと思う。
11-04(日) 最近
最近、自分でもヤバイって思うほど飲み過ぎている。なんかずーっと飲んでる。
健康とかそーいうのに気をつかってヤバイと思っているわけじゃーない。
飲んでいい気分になって、現実逃避しちゃっている感がちょっとだけあって、それに染まっていったらヤバイってかんじだ。
結構やることすっぽらかして、溜まってきちゃってるし。 ここ数日の日記を読み返しても、なんか変な文章だし。
行動力が明らかに低下してるし。生活に覇気がないし。口内炎がいまだに治らないし。
気合いを入れ直して。当分、お酒を飲むのやめよう!(←気合いの!)
11-03(土) 居酒屋のオヤジ
居酒屋のオヤジはなんでも良く知っている。
なぜなら、世の中を支えているオヤジたちが唯一本音で語り合える場所に、いつもいるからだ。
そんなふうに前から思っていて、ぼくは地元の居酒屋に乗り込んでその店のマスターやひとりで飲んでる
オッサンたちとおしゃべりするのを趣味みたいにして楽しんでいるんだけど、やっぱりオッサンたちの話はすごく勉強になる。
ぼくはどんなにつまんない話の時でも真剣に聞いているフリをするから
(もちろんすごい話が聞けたときにはもうメモりたいくらいのイキオイだけど)
むこうも調子に乗ってどんどん話してくれるんよ。
そうすると、息子のハナシやら家庭の話、会社のハナシやら果ては日本の政治や経済のハナシまで色々ととばしてくる。
それでね。やっぱ客で普通に飲んだくれてるオッサンのハナシよりも、それを相手に商売しているオヤジの話の方が
やっぱなんか深みがあるんだよね。なんていうか、やっぱ毎日いろんなグチをいうオッサンを相手にしていて
その様々なオッサンたちとハナシをあわせなきゃなんないから、自然といろんな方向からのモノの見方が身に付いちゃってる。
というか知ってる。あと、キモチがゆるんでる時にしか話さないようなオヤジの本音トークも色々しってるわけだ。
そーゆーのをね。ぼくに色々とハナシしてくれる(若いからとかいうわけわかんない理由で色々とハナシてくんの)んだけど
けっこうタメになるハナシが多いんですよ。そーゆーのも、ここにメモっとこう。と。思う。
でもたいていそーゆーときってよっぱらってて(今みたいに)このへんでめんどくさくってやになっちゃうんだよねぁ・・・。
11-02(菌) 汚ギャル(2)
なんか下の文章のまま終わらせちゃうと変なカンジするからちょっと続けると
やっぱぼくだって自分の周りにそんなやつがいたら一応いうよ。「風呂はいったほーがいいよ。クサイから。」って。
でも本人が入りたくないって言っていて、それでなんも不自由を感じていないうちは、それで良いんじゃないかと思う。
よくさー。大人たちはあーいういコたちを見て、この先どーなっちゃうのかとか不安だとかって心配とかしちゃうけど
よく考えてみたら、べつにそのコたちだってあと何年かしてちゃんと勤めたりするようになればだんだんフツウになっていくよね。
だってそんなにクサイままでずーっといられるわけないもん。
このままホームレスになるってわけじゃーないんだから。
今はそうしていられるからそうしているけど、そうできなくなったらちゃんとそうしなくなるんだと、そう出来るんだと思う。
会社とか入ったりすれば自然と周りの環境に従って変わっていくんじゃないんですかねー。
そんなに周りが心配しなくても、彼女たちはしっかり生きていけるんだと思いますけど。
だから人のこととやかくいう必要はないんだと。まさに余計なお世話とはこのこと。
人に言われて気づくよりも自分で不自由を感じて直していく方がはるかにいい。
絶対どっかで行き着くもん。それこそホームレスにでもなっちゃわないかぎりは。
汚ギャルについては、ちょっとしばらく注目していきたいと思う。面白いから。
11-01(木) 汚ギャル
誰がつけたか知らないけど、汚ギャルってゆーのがいまちょっと話題沸騰中らしいね。
汚ギャルってゆーのは、ギャルのコたちでめんどくさいから一週間お風呂に入らないとか
着替えないとか歯を磨かないとかってそーゆーのが平気なコたちなんだと。
強者になると、半年お風呂はいってないとか、何年もハミガキしないとかってコもいるみたい。
こんな人達は結構前からいたと思うんだけど、最近テレビや雑誌などで騒がれてる。
そんでなにかとニックネーム付けたがりの人達が「汚ギャル」なんてつけたっぽい。
いまさらだけど、「コギャル」って高校生ギャルの「コギャル」だったって知ってた?
「子ギャル」じゃーないのよ。だから「孫ギャル」なんて彼女たちは言ってなかったし
それってどっかの勘違いしちゃったマスコミが勝手に「子ギャルだからその下は孫ギャル」
なんてーいうふうに付けただけなんじゃんって思う。
(まーニックネームなんてその人が思ったとおりに付けちゃって、そんでいっぱいあってもいいと思うけど)
別に、コギャルじゃないとかコギャルなんてもう使わないとかそんなのはなんだって良いんだけど
見ててすごく面白い。なんかなんでもありっぽくて、でも自分の主張は変なところで見せちゃったりして。
だって自分だってちょークサイくせして、絶対クサそうなオヤジとか見つけちゃったもんなら
「アイツーちょークサそーハハハーあのハゲー」とかって笑っちゃってそうだもん。すげーうける。
10-31(水) 教科書
教科書っていっても所詮、どっかのおっさんが作ったものなんだよねー。
なんて考えながら勉強してた子どもは多分そうそういないだろうと思う。
や、大人になった今でもそういうふうに考えたことのある人ってきっと少ないだろうと思う。
教科書に書いてあることは全て正しいことだ。って直接いわれてはないけど
そう思わされてきたってかんじはする。お母さんやお父さん、先生達や世の中の大人がそのようなことを言っていたから。
だから、何の疑問も持たずに教科書の内容を正しいものだと思いこんできた。
ぼくみたいに教科書について考えたりする機会とか(暇)とかなければそのことには気づかないだろうと思う。
つうか、そんなこと考えないでしょ。ふつう。別に考えたってなんにもならないし。
って、教育学科へ転部してから、ずっとそんなことばっかし考えていたんだけども
そんななか、考古学のゴッドハンドさんがやってしまったよね。 例の旧石器ねつ造疑惑。
最近になってすごいイキオイで「これもウソ」「あれもウソ」ってなっちゃってるね。
もう日本に旧石器時代があったっていう、それまで事実だとされてきたことが、ウソになっちゃう可能性が強くなってきた。
そしたら歴史の教科書のはじめの部分も変わるよね。ってことはボクタチが勉強した内容のそこの部分はウソだったってわけだ。
何が言いたいかっていうと、歴史なんて所詮、人が作ったもんだってこと。所詮そんなもんだってこと。
そんなの当たり前じゃんって思うかもしれないけど、その当たり前なことをみんな結構わかってない。と思う。
それか、そんなこと解ってるけど考えたってしょーがないじゃんってカンジか。まーでも確かに考えてもしょーがない。
でもこの話題について、この前ぼくのオトウトとこの話していてさー。
「オレは中学生の頃から思っていたね。だから覚えなかったんだよ。歴史。」
とか言っていたよ。そーいえば、社会の先生とかを「なんでこんな少ない証拠だけでここまで言えるんだよ!」って
ストレートな質問攻めで困らせていたよなぁ、我がオトウト。そーいわれてみればそーだよなぁ。
多分、そのときはただ勉強したくなかったから先生に反発していただけなんだろーけど。確かにそうだ。
10-30(火) 気づきました?
ホームページの背景のドクロ達に。
さっき鼻をかんだら考えられないくらいに大量の鼻汁が出てきた。
ティッシュ2枚じゃ足りなくて、横からはみ出る鼻汁を大量のティッシュでサポートしてまたチーンと。
どこらへんにこんなに大量の鼻汁をストックしておける場所があったんだよ!ってくらいに出た。
どうでもいいけど、よく考えたら鼻をすするってゆー行為は鼻汁を飲んでいるのと同じだよね。
さらには一緒に鼻くそだって一緒に食べちゃってるかもしれないし。
鼻くそをほじくって口に入れちゃってる人を見て嫌な顔をしている人だって、実は鼻くそを食べちゃってるかもしれない。
なのにそれを見て汚いと感じてしまうのはなんで?一回そとに出したモノは口に入れるのは汚いとかそんな感じかね?
それって、お皿からこぼれた食べ物を拾って食べるか食べないかとかっていうのに似てる気がする。
トレイに落ちたヤツまでなら大丈夫、テーブルに落ちたヤツだから大丈夫(さっき布巾で拭いたし)
さすがに地面に落ちたモノは食べないでしょ?、落ちてもフッと吹けばヘイキ、3秒までなら・・・などなど
人によって違う、なんか自分なりの基準がそこには存在する。
それって、私はそうだよ、とかってしか言えないことであって、何が正しいとかってないもんじゃん。
だから、鼻くそほじって口に入れちゃってる人のことをとやかくいうのはおかしいと思う。
(って何が言いたいんだってかんじですけどー)
10-29(月) メモ書き
メモを取ることの重要性をあらためて思い知る今日このごろ。
メモ書きの習慣は家にいるときは結構ついてきたけれども、やはり外出先とかではなかなか徹底できない。
たとえば、学校行く途中の電車の中とかで中吊り広告を見てすごく面白いこと思いついちゃった時とかって
いう時に限って家に帰る頃にはもう思い出せない、ってことが多かったりする。
あーぁ。今日も電車の中ですごく面白いこと思いついちゃったのになーぁ。
もうなんだったか思い出せないよー。 もったいなく感じるほどに、すげー面白そうなことだったのに。
10-28(日) 風邪(2)
喉も痛い・・・。
友達がインターネットをはじめたので、エロサイト情報を提供してあげたらすごく喜んでくれた。
もう一人の友達と二人で、慣れないインターネットでエロサイトを酒のつまみにして楽しんでるみたい。
よかったよかった。
みんな、 そうやってインターネットができるようになっていくんだ。
そんなことはいいとして・・・アタマも痛い・・・。 風邪はひきたくないです。
小学生とか中学生の頃は、ウソついてまで風邪ひいてたのに・・・。
10-27(土) 風邪
風邪ひいた。今シーズン、4ヶ月ぶり3度目。
鼻水が止まりません・・・。
10-26(金) 文章について
これはぼくの「日記」であるから別に誰かに読んでもらうことが一番の目的でない。
「メモ書き」も兼ねている。読ませることよりもむしろ、ぼくが日々思ったり考えたことを
ここにストックしておいて、今後、ぼくが何かを作り上げる時に役立てるという目的の方が強い。
なんて割り切ってしまうと、もう一つの目的である「文章力をつけること」の部分がおろそかになってしまうから
やっぱり「読んでくれている誰か」を前提にしておかなきゃダメなのかなぁなんて思ったりする。
いわゆる「文章力」なんてものを身につけたいなんていうのは、それは同時にコミュニケーション能力を高めたいということだ。
文章を使った他者とのコミュニケーション。自分で読むだけだったら、自分だけ解る文章を書いても何も問題ない。
めちゃくちゃな文章でも、コトバでなくても、自分語(←小学生くらいの時、作りませんでした?暗号みたいの。)だっていい。
でも、めちゃくちゃな文章や自分語なんかでは、他人に思っていることや考えを正確に伝えることはできない。
(今のぼくには、結構それが足りなかったりする。)
自分の考えをなるべく正確に相手に伝えるために文章力を高める必要はある。
そう考えるなら、文章を書く時には必ず「見えない誰か」の存在を意識しなければならないんだと思ったりする。
「文章を書く能力」を高めるために「訓練」 としてたくさんの文章を書くといった場合、
それは他者に読んでもらっているという意識を持っていた方が、自分しか読まないと割り切っているよりも効果は大きいのではないか?
前に考えてた、「HP上で公開する日記と家でノートに書く日記」の違いというのはこういう点でもいうことができると思った。
10-25(木) 「ムカッ」について(1)
「怒りっぽい人」と言われる人がいるけど、なんで「怒りっぽく」なるのか?と理屈っぽく考えてみる。
怒ったり、それで他の人とケンカしたりというのは、あとで良く考えてみると「なぁんだ」って
あんがいたいしたことない場合がおおかったりする。「なんでそんなことで怒っていたんだろう」って。
他の人に何かをされたり言われたりしたときに「ムカッ」とか「カチン」ときて、そこで考えるのをやめてしまう。
そうするとあとは訳のわからないまま(最悪の場合は何で怒っているのかもあいまいなままに)
怒っている状態をひきずっていくのだと思う。その状態が解けて、冷静に考えてみると
それほどたいしたことじゃないということにだんだん気づいて、そして怒りがおさまる。
「ムカッ」とか「カチン」ときて怒り出すのは良くない。
なにも考えられなくなるから。何も考えてないくせに怒っているということになるから
そりゃあ相手だって反発をするわな。そこで相手も「カチン」ときて思考が停止してしまったとしたら
もうそれはレベルの低い言い争いになるに決まってる。
「ムカッ」とか「カチン」を無くせば良いと思う。ってそれが難しいのかな?
でもぼくはこういうこと考えだしてから、怒らなくなったし、ちゃんとハナシが聞けるようになった。
そりゃぁ、ムカツクことだっていっぱいあるけど、そこで「カチン」とならないで
一回ちゃんと考えてみるだけで、いろんなことが見えてきて、「ああ、こんなことで怒ることないなー」って
思える場合は結構あるんじゃないでしょうか。少なくとも、ケンカしたあとでよく考えてみたら「なぁんだ」って
思えるようなたいしたことない場合であったなら、それをするだけで、はじめから怒らないで済む。
10-24(水) 理屈っぽい。
理屈っぽいのはいいことだ。と、思う。
よく「理屈っぽい人ねー」とかって眉をしかめる人とかいるけど
世の中、なんにも考えてない人以外は誰でもそのレベルの違いはあれど理屈っぽいわけで、
世の中のほとんどのモノは「理屈」によって成り立っているし、作られている。
そのことに気づくと、ぼくたちは遠回しに理屈っぽいことを楽しんでいるのだといえる。
昨日のスパゲッティのハナシだってそうだ。
スパゲッティに対して他の人よりいっぱい理屈っぽく語れるひとだからこそ
美味しいスパゲッティをぼくたちに食べさせてくれることができる。
美味しいスパゲッティの中にはたくさんの「理屈」が詰め込まれているんだと言える。
お笑い番組を見てボクらが笑うのも、番組出演者やその他スタッフのお笑いに関する
「理屈」っぽさから生み出されるものだ。そのお笑いのプロ達は
毎日ずーっと「お笑い」のことばっかし考えてるんだから、そりゃぁ理屈っぽくもなるわな。
少なくとも、一般人のボクらなんかよりはずっと、人を笑わせることに関しての
「理屈」 をたくさん持っているし、それだからボクらを笑わせることが出来てる。
だからそんなに嫌うもんじゃないと思うんだけどな。理屈っぽい人を。
何かを考えるとき、口に出さないだけで実は誰でも理屈っぽくなってるんだから。
理屈っぽくないっていうことは何も考えてないっていうことだ。
考えなければ面白くない。理屈っぽくなきゃ、面白くない。
理屈っぽい人に対して、何も考えないで眉をしかめて嫌なヤツだと決めつける前に
その人のコトバに耳を傾けて考えてみるのも面白いんじゃーないんでしょーか?
理屈を聞いて、それについて自分も理屈で返してみて、そしてその反応を楽しむ。
その理屈っぽい相手が嫌なヤツかどうかは、それから決めてみるってのもいんじゃない?
10-23(火) タラコスパゲッティ
ぼくはタラコスパゲティが好きです。しょっちゅう食べる。
今日のお昼もタラコスパだった。
簡単だし、飽きない。いろんなものがあうし。レトルトのやつでも美味しい。
パスタをサッと茹でて、タラコクリームと混ぜるだけだもん。簡単。
ユデタマゴ細かく切ったヤツとか、エビだのイカだの、ぼくはいろんなもの入れちゃうけど、
そのままだって美味しいよ。美味しく食べるためにはトッピングは重要。
万能ネギきざんだヤツと。きざみのり。そして溶けたバターなんかをからめるともっと美味い。
大葉やシソ葉なんかをきざんで入れるとさらにググッと美味しさが増すよ。
ぼくってかなりの食いしん坊だから、ちょっとした料理を作る時でも出来るだけ美味しく食べたいから
結構チマチマと工夫をするのね。めんどくさくとも。
そういうことばっかりやっていて解ったのは、やり方次第では、ほんのちょっとの工夫で
すごく美味しく出来ちゃうってこと。そのほんのちょっとの手間をかけてやるだけで見違える。
「ほんのちょっと」っていうのはそれを積み重ねると「たくさん」になる。
ぼくら素人の料理とプロの料理の違いは、その「ほんのちょっと」の数の多い少ないのところだったりする。
「ほんのちょっと」をたくさん知っていれば、プロに近づくことが出来る。
プロに近づくなんてところまで考えなくとも、「ほんのちょっと」やってみるだけで
「ほんのちょっと」を全然考えないよりかは、美味しくできるはずだと思うよ。
10-22(月) ホントにホントに最後に。
って、何回目だよってかんじだけど、ほんとに最後にアフガン問題。
やっぱ、ぼくの尊敬する男「イトイ」さん。今日のコラムはかなりビビビときた。
イトイさんの思考回路をなぞらえようと頑張っているわけでもないし、「ぼくはぼくだ!」という意識は
常にもって考えているつもりだけども、やっぱすばらしいと思った考え方は素直に取り入れる。
よく考えてみれば、所詮、「これはぼくの考えだ!」とか「ぼくはこう考えている!」なんていうのは
この広い世界と長い歴史の中で、すでに他の人によって考えられていることなんだと思う。
たいていの「考え」なんてものはそうだと思う。
たとえば、ぼくのこの日記の内容だって、すでに他のだれかしらによって考えられていたことかも
しんないし、たとえもし、今の時点で考えられていなかったとしても、次の瞬間にはだれかによって
考えられているかもしんないし、この先このぼくの日記を見なかったとしても誰かのアタマの中に
湧いて出てくるような「考え」であるといえる。日常的な出来事に対する考えなんて所詮、そんなもんだと思う。
「ぼくはこう思う」とか「ぼくの考え」っていうのは、その組み合わせがオリジナルなだけであって
一つ一つはどっかで聞いたような、外部から得た知識なわけで、それをつなぎ合せるところが
クリエイトというか、そのつなぎ合せ方によって個々人の考え方になってるわけだ。
と、ここまで書いてきてなんだけど。やっぱまだこのハナシを誰かに伝えるように書くには
ぼくのスキル不足だ・・・。ここまで書いてみて、なんかぼくが考えたこととは微妙に違う・・・。
しゃべるのは得意なんだけどなぁ・・・。やっぱ文才ないのかなぁ・・・!?
とにかくイトイさん目指して書き続けようっと。
10-21(日) すげぇ!4ヶ月目突入!
正直、ここまで続けられるとは思わなかった。すぐにめんどくさくなって、3日に一回くらい
まとめて書くようになって、次第にそれすらもめんどくさくなって、コンテンツから外しちゃうかと思ってた。
先月の内容を振り返ってみると、なんだかなぁってかんじだな。
アフガン関係のことになんかしつこく口説く語り入っちゃってるし、なんか違うこと書いたと思えば中途半端でつまんないし。
今月は詩を書こう。マンガも描こう。前に考え途中だったことについてももう一度振り返っておこう。
こうやって書いて確かめておかないと、また忘れちゃいそう。自分が何をしたかったのかを。何がしたいのかを。
本当に考えたいこと、考えなきゃいけないことを考えられなくなってる。
アタマの片隅に常においておくことは必要だけれども、そればっかりになっているのはダメだ。
空爆はまだ続いている・・・。