9−20(木) とうとう2ヶ月
あっという間に二ヶ月が経ちましたよ。
初めのほう読み返してみたけど、なんも変わってない気がする。
けども、よいアタマのトレーニングにはなっていると思ってます。
学校が始まって、来月のニッキはそこらへんが中心になるとおもうけど
(自分のために)考えてまとめておきたいことが
まだたくさんやりっぱなしになっていたんだよね。闇についてとかセクハラとか。
でもまーテキトーにそれを考えた日にまとめればいーやってカンジです。
そんなの考えようと思って考えてしまうと、なんかよからぬ方向へ考えてしまいそう(?)だから。
意味深なセリフで、今日は終わり。
9−19(水) タロットカード
タロットカードが欲しくなったので知り合いの占い師にどこで売っているのかとたずねたところ、
東急ハンズとかでも普通に売っているらしい。しかも、パーティーグッズのコーナーで。
タロットカードって見てると面白い。吊された男とか、なんかよく解らないけど
発想やセンスにちょっとおかしいところがとっても魅力的だ。見てると飽きない。
べつにそれを使えるようになろうとは思わないけど、手に入れたいというのはそんな理由です。
ちょっとゆっくり眺めていたい。ってだけ。
あとちょっと、将来マンガのネタにとか使えたら面白いなーと思ったりもしたけど。
それはそうと、今晩の「激すれすれ」にぼくの友達の占い師の大曲さんが出ます。
(大曲さんの話は7月下旬の日記に載ってます)
なんか温泉旅行らしい。
大曲さんがとかじゃなくっても、「激すれ」はめちゃくちゃな番組ですごく面白い。
あんな番組を作っている人達、作ろうと思ったプロデューサーの人は偉いと思う。
9−18(火) 学校
今日から学校だ。すっかり忘れていた。
まー別に始まったからって、学校が夕方からだからいつものリズムと変わらないんだけども。
今まで通り、夕方起きて朝まで起きてるっていう生活リズム。
午前中から活動するなんて滅多にないから
ある意味、規則正しい生活してると言えるんだよ、こんなんでも。
後期は、来年の教育実習に向けての事前学習の時間があるからちょっと楽しみ。
なにげに教職とってます。
学校の先生って一回やってみたくてねー。
でも一回でいいの。教育実習の2週間くらいがちょうどいい。
飽きるとか飽きないとかの問題じゃーないんだろうけど、
先生なんてずーっとやることになったとしたら絶対やになりそう、途中で。
なんて考えてるようなヤツは先生なんかになっちゃいけないんだ。
まーでも教育実習くらいだったらいいでしょ。きっと。
生徒の人達もそーいう目で見てくれる(大目に見てくれる)だろーから。
教育実習行ったら、めちゃめちゃな授業してこよう。
ネタになりそーなこと。体裁とか常識とかまるで無視して。
案外ウケたりして。
でもその前に単位取らないと。行けないから。
こんだけ言ってて、行けなかったとかっていうのもなんかかっこわるいし。
9−17(月) 遠近
なんで「16日」の様なことを考えるようになったのか?
それを自ら分析してみると、遠近法とよく似ていることに気付いた。
学校の屋上から見る「東京タワー」と、目の前に持つ「100円ライター」の
大きさは同じ大きさに見えてしまう。実際の大きさは比べものにならないのに。
今回の事件もすごく大きな問題であるにも関わらず、ぼくも含めて大多数の人にとっては
所詮「遠くから見る東京タワー」のようなものだったんだろう。
だから事件の直後に彼女にふられてしまった人などは、ニュースが耳に入って来ていたとしても
その人にとってはそんな事件より、彼女にふられたという事件の方が重大であったりしたと思うのだ。
彼女にふられたことが「100ライター」くらいのもんだなんてことは言わないけど
ふと、そんなカンジに思ってしまった。
テロ事件の直後に、財布を落としてしまったとして
その出来事の実際の大きさ自体は、比べものにならないことなんて誰でも知ってる。
かといって「財布を落とした事なんて今回のテロ事件に比べたらちっぽけなことだー」なんて
割り切れる人なんて、普通の人で(当事者となってしまった人以外で)そんな人がいたとしたら
ものすごくスゴイ人か、キレちゃってる人か、アホな人でしょ、多分。
逆に、身内が巻き込まれたとか近くに住んでる人とかアメリカ国民の人達にとっては
財布なんか落としたって大したことじゃないって思えてしまうのかも?
だからとりあえずは、ぼくたちはそんなカンジに思っておけばいいのかなぁなんて思ってしまう。
とりあえずは自分達の生活を優先に考えれば良いのだと。
でも、そんな中でもなにかその人達のために「出来ること」が身近に見つかったときには
やってあげたいという気持ちはあるんだよね。
そーいう気持ちはどっからくるのか?そんなこと考えなくてもいいことなのかもしんないけど
すごく気になるし、(自分のことなのにわかんないってところが、さらに!)気になるから考えてしまう。
とりあえずいま考えられることは、同じ地球に住む人達ってことで、
思いやっている・気遣っているっていう素直な気持ちかなぁ。
(↑わかんないことには、こうやって一般論で無理矢理片づけてしまうしかない)
でもテロ事件の事実関係を勘ぐったり、あーじゃないかこーじゃないかって考えるのはもうやめた。
ぼくはジャーナリストじゃないんだってことに、いまさら気付いた。ようなカンジ。
もっと楽しいことを考えようと思う。少なくともぼくなんかは、それで良いんだと思う。
最低でも、そういう思いやる気持ちさえ持ってれば、それで。
9−16(日) またまた事件について
世界には約9億ものイスラム教とがいるらしいね。
最近はテロの事件の情報を通じて、世界についての色んなことがわかって
とても勉強になります。なんて他人事、なんて無責任。
けどね。はっきり言ってそんなもんだと思うんだよ。実際。
「人が死んで涙が出るのは、その人の死を悲しんでるのではなくて
自分がもう一生その人に会えないことが寂しいから、泣くんだ。」
ってよく言うけど、まさにそんなカンジ。
テロ事件について関心がない人や、残酷な事件であると眉をひそめて語らない人を
冷酷なやつだとかマイナスイメージに仕立て上げちゃうけど
「今回の事件は多くの被害者が出て、非常に残酷で許すまじ行為で・・・」なんて
言ってる当事者でない人達っていうのは、結局は自分がこのあと起こる事態想定して
自分に被害が及んでしまうことを危惧して言っているかってとこだと思う。
だって、知ってる人がなんも関係してないのに、悲しみようがないもん。実際の所。
だからって、ただひたすら他人事でいるっていうのもなんだから
被害者の人達のためになにか出来ることがあったら、やりたいと思う気持ちはある。
でもそれも、自分がそうなった時に同じ事やってもらおうっていう気持ちがあるからだと思う。
こーいうこと言ってると、ぼくはホントに嫌な人間ってかんじだけど、
これはあくまで「こういう考え方もできるんじゃん?」ってことであって
ぼくだって普通にあの映像見た時は普通にひでぇーって思ったし、
事件起こってから数日は「13日」に書いたように、真剣に考えたよ。
あれを見て、残酷で過激な事件で被害にあった人は非常に気の毒だ、なんてことは
いまさら言わなくても、たいていの人が思うことだからね。
それをあえて、言うか言わないかっていうそのくらいの問題なんだと思う。
だってあれ見てヒドイと思わない人なんて、テロ起こして喜んでる人たち以外にあり得なくない?
何度も言うように、いまさらニューヨークの被災者の人達のことを哀れんでも仕方ない。
ヒドイ目にあってない人がヒドイ目にあった人に対して、哀れむことしかしてあげないのは
相手の気持ちをわかった気になっているだけでホントは全然わかってないのかもしんない。
なんかそれって、彼女にふられた友達に対して彼女とラブラブ中の幸せなヤツが
ふられてかわいそうだと慰めの声をかけて(別にそれを求めてるわけでもないのに)
友達の方は心の中で「ほっといてくれよ、お前なんかにおれの気持ちがわかるかよ」って。
明らかにレベルの違う例えではあるけど、なんかちかいもんがあるんじゃないかって思った。
それほど関係ない人は、余計なおせっかいはしないで出来る範囲で気にしてあげるくらいが
ちょうどいいのかなって考えたりもしちゃいました。
9−15(土) みこし
お祭りってすごい。
大勢の知らない人同士があつまって、一つの大きな御神輿を担ぎ上げて盛り上がる。
普段は、全然知らない人同士。
でも「お祭り」っていうイベントに参加しているっていう
その日その時限定品の共通意識だけで、あれだけのことができてしまう。
よく考えるとすごいことだと思う。
それにしても、今日は全身が痛い。
御神輿担ぐのって全身運動なんだなぁって、今更にして思う今はもう16日の午前4時。
明日はさらに強烈なキンニクツウにおそわれることを覚悟して、床につきます。
9−14(金) 今日はお祭り
昨日、一昨日と真面目に深刻に考えてしまったから今日からちょっと
楽しいことを考えるようにしていこう。と、思ったらちょうど地元のお祭りだ。
忘れていたよ。「世界の危機」に気を取られすぎて。すっかり。
先日の出来事は、ぼくにとって全然関係ない出来事とも言い切れないと思うし、
アメリカの人達にとっては、ものすごく気の毒な出来事であったと思うし、
(それは自分達がそうなってしまったら、と考えてみたときには特に)
早く事件の解決がなされれば良いなぁと思ってはいる。
けれど、そんなことずーっと考えているわけにもいかないし
別にぼくはそーいうのを考える職業の人じゃーないんだから。
というわけで、切り替えて今日からお祭り。
バスケットの攻守の切り替えは遅いけど、気持ちの切り替えは早いよ。
なんてわけわかんないけど、御神輿かついで酒飲んではっちゃけて来ます。
9−13(木) すごい事件(2)
テロ事件について、ある人に送ったメールのコピーなんですけど
昨日の日記と重複する部分もあるけど考えてみたので載せてみます。
−−−−−−−−−−−−−−−
なんか、昨日のテロ事件。
あまりにも日常から逸脱した映像を見てなんだかすぐには現実と実感できずに、
映画のワンシーンか CGかーぐらいのかんじで見てしまいました。
めちゃめちゃリアルな出来事のはずなのに、リアルに感じられない。
湾岸戦争から10数年たって、世界はもっと平和で人間はもっと賢いのかと思ってたけど、
案外そーでもないんだなぁと。テレビを見ながらそう思ったりしました。
まだはっきりとした事が言われてないから、断定的にこういうこと言うのはよくないかもしんないですけど
ぼくなんかがなに言ったって別にどーってことないと思うから言うと
こんなに常識はずれで残酷で大規模なことを平然とやってのける連中は
地球上でイスラムの人達しかいないと思う。今のところは。
イスラムが悪いとかそーいうんじゃなくって。
こういう人並みはずれた行動っていうのは、およそ普通の人間には出来ることじゃなくって
「なにかの後押し」がなくては成立しないと思うんです。
パレスティナとかあの辺の人達の、(イスラム)宗教的な後押し、 反アメリカ主義思想的な後押し、
そーいうのが今回のテロ事件を引き起こさせた引き金のひとつになったんじゃーないのかって思いました。
2chとかYAHOOのUSA掲示板とか見てたら 「第3次世界大戦の勃発だ!」とか
「イスラムを皆殺しにしろ!」だのって 過激な発言であふれていました。
日本の2chとかで言われているのは、言ってる連中も ふざけ半分で言っているに
すぎないと思われるような発言が多いんだけども アメリカのケージバンでは、
ホンキで怒ってホンキで過激な発言を していると思われる人達がいっぱいだった。
まー自分の国があんなんなっちゃったらパニックになってそういう発言をしちゃうのも当然だろうけど
多分、戦争っていうのはこーゆー人達がいっぱい出てきてしまったら
簡単に成り立ってしまうもんなんだなーとか思っちゃいました。
おそらく、この人達は「愛国心」とかっていうそういった類の思想的情熱が高まっていって、
(愛国心っていっても、アメリカ万歳とかそういう意味だけじゃなくって
アメリカ最強とかオレ達アメリカ国民は世界のリーダー的存在のはずなんだとかっていうのも含めてね)
そういった後押しがあったら、過激なことも 過激だと思わなくなって
平然とやるようになってしまうんだろうなーと思いました。国民一丸になって盛り上げちゃったりして。
その思想の正義のもとになんでも自分の中で正当化してしまって、
たとえ半信半疑の状態でもそれを正当化するまでもっていってしまうのは
そういった情熱であり、その後押しであるといえるんだと思います。
宗教とか思想とかの持つ「情熱」っていうのは結構「最終兵器」的な面があるかと思います。
そういうのをもってすれば、人間を操るのは簡単だから。
なんか、なんだかんだいって日本人って一番平和な感覚の持ち主なんだなぁって思います。
無宗教な人が多いから。情熱的じゃない人がおおいから。
情熱的じゃないよねーなんていったら、情けないとか、
覇気がないとかマイナスイメージにとらえられがちだけど、
なんかそのくらいの方がちょうどよかったりするんじゃーねーのか?なんて思っちゃったりします。
こういう事件が起きると、なおさら。
9−12(水) すごい事件
ただいま12日午前5時。ずーーーっとやってます。昨日のテロ事件。
映画だよ、まるで。爆破のシーンなんか、特に。
そんなこと言っちゃいけないんだろうけど、全然リアルじゃないんだよね。
さっき、2chとかYAHOOのUSA掲示板とか見てたら
「第3次世界大戦の勃発だ!」とか「イスラムを皆殺しにしろ!」だのって
過激な発言であふれていたよ。
なんか、ぼくはもっと世界は平和で、人間ってもっと賢いと思っていたんだけど
そーでもないみたいね。実際。
こーゆーこと起こってしまうと、やる気なくす。
だからってぼくに何ができるかっていったら、なんにもできないからさらにやる気なくす。
リアルじゃないとか言ってみたり、傍観者の立場からでなんなんだけど
アメリカの政府の人とか各国のその手の人達には頑張って欲しいと思う。
ほんと、こーゆーこと起こってしまうとやる気なくす。
9−11(火) 台風15号
うかつだった。というか甘く見てた。台風を。
明け方、ちょうど雨がやんでいたので、バイクでちょこっとTUTAYAに
ビデオを返しに行ったんだけど、帰り途中にものすごいイキオイで雨が降ってきた。
そりゃもう、ものすごいイキオイで。前見えなかったもん。
もうびしょぬれになって、あきらめて家の前でぼーっと立ちつくして
しばらく雨風に打たれて「YAHYAHYAH」とアタマの中で叫んでしまいましたよ。
ところで台風の季節になると必ず誰かしら「台風一過」を「台風一家」と
勘違いしていたっていう自分の恥話を話題にしているよね。
それって自分から言っちゃってる人ですら結構いるんだから
自分から言わないで(または気付かないで)誰かが言ってるのを横で聞いてて、
「あ。そーなんだ」っていうい人を含めたら、もしかしたら初めからちゃんと
「台風一過」って台風が通り過ぎることっていう意味と認識してる人の方が
少ないんじゃーねーのか!?と思いました。
だから、ネタとして当たり障りのない定番みたいなかんじに
気軽に使われているんじゃーねーのか!? と思いました。
みんな間違えてるから、間違ってても所詮わらい話だっていう安心感。
それを日記に書くことによって、「あーオレもー」「私もそう思ってたー」っていう
反応を期待して書いてる面もあるんじゃーねーのか!?と思いました。
とりあえず、「台風一課」(台風が起きたときの被害対策のために設けられた課→警視庁)
と思っちゃった人は、いままで見たことはねーんじゃねーのか!?
9−10(月) プールの水
今さっき、どこかで飲んでるトモダチから突然の電話。
「ねーカザマさー。縦25m横12m高さ1.5mのプールって満タンにすると何リットル入る!?」
すぐには答えられませんでした。
いくら酔っぱらい相手でも、うろ覚えでテキトーに答えるのはなんか申し訳ないような気がして
ちゃちゃっとネットで「容積」と検索→1立方メートルに1000リットルの水が入るとのこと。
早速、計算して電話で報告。
なんでかと聞いたら、いま飲んでる生ビール(大)がちょうど1リットルだと聞いて
他の誰かが中学校のプールを生ビールでいっぱいにするには
何杯たのめばいーんだなんて言い出したもんだから、みんな気になって
みんなで考えたんだけど誰もちゃんとした答えを出せないからぼくに解答を求めてきたってわけ。
それにしても、中学校のプールって満タンにするのには「450000リットル」もの水が必要なのね。
彼らの回答に即するなら、「大生ビール450000杯」分ってわけだ。
1.5リットルのペットボトルだと300000本。500ml缶だと900000缶。
よく、プールの水を飲み干すとかって表現が
マンガとかで出てきたり、子どもが面白がって簡単に言ってたりするけど
こうやって実際に考えてみると、すさまじい量だよね。
なーんてことを、ひょんなことから考えてしまったりしたけれど
実はこんなの過去に何回も考えたことある問題であったりするんだよね。小学生の頃とかに。
でもこーゆーことをたまには考えてみて、アタマを柔らかくしとくのもいーかもしんない。
9−9(日) たんぼのうた
汗まみれで汗まみれの
だれかがやらねばならないしごと
うんこのにおいももう飽きた
いなごの佃煮もう飽きた
でも白いごはんは世界一
おいらのしごとも世界一
今日もたんぼがまっている
おいらのことをまっている
9−8(土) 誰のおかね?(2)
ある政治家の人が
「政治に興味のない連中は寝ていてくれればいいんだ」
「政治のことは、我々、政治のプロフェッショナルに任せておけばいいのだ」
とか言っていたのを思い出した。
任せておいたらこの国は潰れてしまう気がする。と、思うのはぼくだけ?
国の借金はものすごい増え方をしているらしい。
そんな中、ある政治家の人は
「30兆円くらい借金しちゃって、公共事業とかした方がいいんだよ。 30兆円・く・ら・い・・」
なんて簡単に言うんだよね。「30兆円」っていったいどのくらいだ???
ハテナ3個じゃ足りないくらい、およそ一般人には理解できない数字だよね。
それを、ぼくがオトウトに「ジャンプ買うから300円貸して」くらいのノリで言っちゃうからこわい。
そもそもアンタ達が作り出した借金じゃんかよ、それをまた増やそうとして・・・何がしたいんじゃい!
ってツッコミたいのはぼくだけ?
その人達も長年そーいうことやってるとそーいう感覚ないんだろーね。きっと。
ベテランの医者が人の内臓ちゃくちゃくやってもなんにも気にしなくなるように。きっと。
自分自身の借金だったらその何十分の一とかでも死ぬほど痛く感じるくせに
みんなの借金だったら全然痛くないし無責任にやりたい放題・・・って
まあよく考えたらそんなの当たり前だけど・・・。
なんかこないだのニュースステーションで、久米さんがある政治家に
「○○さんはもう何十年かで死んじゃうからいいかもしんないけど
その次の世代の人はどーなるんですか!?」
なんてことを言っててうけた。さすが久米さん。イカス。
ああでも、人間の感覚の「慣れ」っていうのは恐ろしいもんだ。ぷんぷん。
明日も、怒ります。(←最近、怒ってないもんで)
9−7(金) 誰のおかね?
これも今更?いやタイムリーなとも言えるか、外務省の人たちが
またなにかやっちゃてたらしいね、水増し請求がどうとかってハナシ。
お金が欲しいのは解るけど(ぼくだって欲しいもん!)
それはやっちゃーまずいでしょっていう感覚がないのかね、この人達は。
小さい子がお母さんのお財布から小銭をくすねるのとはわけがちがうっちゅうねん。
ましてや、借金しまくりの我が日本国のお財布からくすねるなんて・・・。
ちっちゃい子どもだってサスガに家が貧乏で借金してるって解ってたら
くすねるのをためらうって。この大人達ってどういう神経してんのかね、ぷんぷん。
てゆーか、もうあきれるよね。やるんならばれないようにやれって感じ。
あんな露骨にやってたらばれるだろ、ましてや情報公開のこのご時世に。
でもばれないようにうまーくやってる人たちはまだまだたくさんいる。
だって摘発されちゃってる人達ってほとんどが中途半端な役職の人達じゃん。
なんか、もっと上の人達の「おとり」になっている感じさえするのはぼくだけ?
ちっちゃい事件だけたくさん取り上げて、国民にはあたかも清浄化させているように
見せかけて「はい、もうこれで外務省にはインチキするヤツは1人もいなくなりました!」って。
それで国民の目をそらせておいて、またインチキし始めるの。
絶対なくならないと思うし、誰にも止められない、そのサイクルは。と、思う。
1000円くらいしか入ってないお母さんのお財布から500円盗むのは大変だけど
給料日後の10万円くらい入ってるお財布から500円盗んでもまずばれない。
そんな感覚。
9−6(木) 今日のイチロー
今更だけど、イチローはすごい。
毎日毎日、気になって見てしまいます。今日のイチローの打撃結果を。
今日は何安打したとか、あと何本で誰それの記録を破るとか
まわりのみんなにハナシしたりとかまではいかないけれど
やっぱ気になって見てしまうよ。
マリナーズのファンだとか、野球が大好きだとかそんなのでは全然ないんだけどね。
なんてゆーか、やっぱ自分は日本人で、そして日本人っぽいんだなぁって思う。
まー煮ても焼いてもこの先ずっと、ぼくは日本人なわけだから別にそれでいいんだけどね。
それにしても、清原っていかにも番長ってかんじだよね。(←これも今更)
9−5(水) 闇市倶楽部
という、怪しい雰囲気のお店が目黒にあります。
(またしてもローカルネタ)
なんのお店かというと、ずばり「焼き肉屋」です。
内蔵焼き専門店。メニューにはズラリ「内臓肉」のオンパレード。
根っからの内蔵好きにはたまらないお店です。
なんせ、普通のホルモン焼き店や焼き肉店じゃー食べられない内臓肉が
たくさんメニューにあるんよ、特に刺身系。
「牛の脳味噌刺し」なんて喰ったこと無いでしょ?
「豚の睾丸(キンタマ)刺し」なんてのもあったしねー。
しかも値段も手頃、たらふく飲んで喰って3〜4千円くらい。
それにしても「闇市倶楽部」っていうネーミングはいいと思う。
いかにも怪しげな店っていうのを隠してない、ウソついてないところがいい。
脳味噌やキンタマとかって、普通の日本人の価値観からいったら
およそデリカシーのないと思われるメニューが平然と並んでいるんだもん。
お店の名前が「闇市倶楽部」だったらそれに耐えることの出来ない感覚の持ち主でも
間違って入店してしまうということもないだろうと思うし。
これで、店名が普通に「カルビーハウス」とかだったら
初デートの純粋なカップルとかが迷い込んで入店してしまって
コウガンだの脳味噌だの子宮だのってメニューを見て
それまでいい雰囲気でも一気にぶちこわし、なんてことも予想されるが
闇市倶楽部だったら安心だ。まず入らないでしょ。
でもでも、そんな偏見さえ捨てられればこれほど美味いもんはないって思った。
ライオンとか肉食獣になった気分。(それは関係ないけど)
YAHOOで「焼き肉」を検索してみたらすごいお店を見つけた。
狙ってやってるとしたら、かなり挑戦的な店だと思った。
デリカシー無。(←最近流行り)
9−4(火) ディズニープー
今日から「ディズニーシー」がオープンしたみたいだよね。
なにや朝っぱらからスゴイにぎわいらしい。
ぼくも、人混みの中をかきわけてまで行きたいとは思わないけど
いつか行ってみたい。すごく行ってみたい。
だって、あんだけの人を魅了してやまない、ディズニーの新しい挑戦とあっちゃ
行けるチャンスがあるのなら行っておかないと絶対もったいないと思うもん。
それはそうと、ディズニーのキャラクターの中で
ぼくがひそかに関心を持っているのが、かの有名な「くまのプーさん」。
そのおっさんクサイ風貌とおとぼけた性格で人気のスーパースターである。
みんな「くまのプー”さん”」と唯一、彼のことだけは敬意を込めて「さん」付けで呼ぶ。
ミッキーやミニー、ドナルドなど、他のキャラクターに「さん」付けで呼ぶ人は少ない。
それだけ、くまのプーさんに対して尊敬の意を持って接しているといえる。
プーさんの、その落ち着いた(お父さんのようね)表情や振る舞いが、
「呼び捨てにしてはいけない、この人だけは」と人々に思わせているのだろうか?
しかし、「プーさん」に対してこのような敬意を示すのは日本人だけだ。
本場、アメリカではこんな扱いはうけていない。
「POO(プー)」とそのまま呼び捨てている。
「Mr.POO(プーさん)」と呼ぶ人はまずいない。
コドモもオトナもオネーサンも(どっかで聞いた?)
アメリカ人はみんなプーさんのことを呼び捨てだ。POO呼ばわりだ。
日本人のほとんどの人は、みんな気付かずに普通に「プーさん」と「さん」付けで
呼んでいるが外国ではみんな呼び捨てが当たり前なのだ。(と思う。)
しかし日本で、「プーさん」のことを「プー」と呼び捨てにして呼んでいたら
周りの人は「ナニあいつ、プーさんのこと呼び捨てにしてんの!?」って思うだろう。
くまのプーさんには日本人を引きつけるなにかがある。
くまのプーさん、彼はきっと大物に違いないと、間違いないと思う。
9−3(月) こもる
誰にも会いたくなくなったから部屋に鍵をかけた
ホントに誰にも会いたくない
備え付けの鍵だけじゃ頼りなく思えて あたらしく鍵を100個もつけた
ちょっとだけ誰かに会いたくなって 外に出ようと思ったら
101個も鍵を開けるのがめんどくさくなって 結局、外に出るのをやめた
あーあ、鍵なんて付けなければよかったなぁ
今はもう、誰かに会いたいなんて これっぽっちも思わなくなった
鍵を開ける気力なんてものは当然ない
ぼくは誰かが入ってくるのをちょこっとだけ期待しながら、今日も明日もごろごろしている
9−2(日) すごいマンガ家
ここ最近、別に暇だというわけじゃないんだけど、手塚治虫さんのマンガを読みあさっている。
何を読んだかとか、その感想とかをここにいちいち書かないけど
とにかく読めば読むほどスゴイ、スゴイと思えてくる、コノヒトハスゴイヒトダ。
きっとこの人は、何をやってもスゴイ人なんだろうと思う。
映画監督をやっても、小説家になっても、なんでもいける人なんじゃないかと思う。
このまま書いても、スゴイ、スゴイというハナシをずらずらと書いていくだけに
なりそうなのでこのへんでやめとくけど、とにかくすごい色んなことを考えた人なんだと思った。
考えて考えて考えまくって、1人で考えてるだけじゃアタマがパンクして外にはみだすから
だからそれを表現してマンガにして発散しているようなことを一生やってた人。
まーそんなことはどーでもいいとして、いったいこの人ってどのくらい作品描いてるの?
そうとうな数を読んだと思うけど、それでもまだまだ読んでない作品が次から次へと・・・。
ブックオフとかで買いあさって来るんだけど、チェックしとかなきゃ同じの買っちゃうよ。
ハナシちょっとそれるけど、アニメのブラックジャックのピノコの声、宇多田ヒカルがやってるよね。
よくわかんないけど、2chでボロクソに言われてた。
9−1(土) おでん
今日はいきつけの屋台のおでん屋にトモダチと飲みに行きます。
なんて別にしょっちゅう行ってるしここにいちいち書くことでも無いんだけど
今日はなんだか書くのがめんどくさい日なのでごまかしてみました。
これが3日続くと、いよいよやばい!?
リーチかけないためにも、明日はちゃんと書こうと決めました。
それはそうと、デスクトップドクロ。トモダチにはうけてます。
(気を使ってそういってくれてます)
一回、使ってみて。
8−31(金) 夏も終わり
今日で8月もおわり。夏のムードもだんだんと薄れていくんだね。今日、微妙に涼しいし。
昨日、「どっちの料理ショー」(日テレ系・木曜21:00)で「みそつけめん」なるものが登場していた。
「みそつけめん」。その名の通り、みそ味のスープに冷たい麺をつけながらいただく涼風ラーメンだ。
前にココでも、九十九ラーメンの「とんこつつけめん」のハナシをしたことがあったが
どっちの料理ショーで紹介されていたお店の「みそつけめん」 がとても美味そうだったので
またココで話題にあげてみることにした。そーいうのがあるんだってことだけだけど。
ちなみにこの店。近々、行ってみる予定。そうしたらまた報告します。
それにしても、「つけめん」ブームなのかね?
最近、至る所で見るよ。冷やし中華よりも、つけめん。
家では良く作って食べるけれども、ラーメン屋で「つけめん」なんてついこないだまでは
「つけめん大王」くらいでしか見なかったし。最近では色んなところがやってるのね。
(ローカルネタが多くてすんません・・)
でも「つけめん」は美味しいし、ラクでいいよ。作るのも、食べるのも、ラクでいい。
ちょっと濃いめのスープを別に作っておいて、あとは麺を茹でて冷水でさっと洗い、
ざるかなんかに移して出来上がりだもん。トッピングは色々あった方が楽しいけど。
ネギとメンマくらいだけでも十分イケルよ。
軽いお昼で済ませたい時、そうめんや冷やし中華はもう飽きたという時、
「つけめん」を作ってみてはいかがっすか?
8−30(木) ごちゃ
ふと思った。
肌の色は茶色いけど生まれつきキンパツで目が青くて大阪弁のネパール人とか
肌の色が白くてでも真っ黒の天然パーマで顔のパーツが南米系、スペイン語を話すニューヨーカー
どう見てもアジアン系で、しかもそこの土地に住んでもいないのに○○州議会の議長だったりとか
日本語カタコトの南米出身、親がスペイン人とメキシコ人なのに日本国籍で衆議院議員とか
世の中そんなヤツばっかしになってきたら、「差別」はなくなる!?
あらゆる価値観の崩壊。今までの常識が覆されてあとかたもなくなる時代。
まーそこでもまたあらたな矛盾が生まれて淘汰されての繰り返しなんだろうけど。
だったら「差別」はなくなんないじゃん。また振り出しに。
なんてバカなこと考えていたらこんな時間に。
そろそろ「闇について」と「セクハラについて」の続きを考えて書いておかなきゃ。
せっかく考えたのに忘れてしまうよ。
でも今日はこれでおしまい。
8−29(水) ジョルジオ・マッコイ
あー言えばこー言う
あーすればこーする
誰の言うことなんか聞くもんか
ボクの名はジョルジオ・マッコイ
ボクがボクであるために 今日もフンドシ身に付けるのさ
ボクの名はジョルジオ・マッコイ
ボクがボクであるために 人前でヘルメットははずさないのさ
ボクの名はジョルジオ・マッコイ
ボクをフルネームで呼ばないヤツらは ボクの鉄拳パンチをお見舞いしてやる
ボクの名はジョルジオ・マッコイ
たとえしつこいと言われようとも ボクの名はジョルジオ・マッコイだ!
8−28(火) おなか
今日はおなかが痛い日です。ぼくはおなかが弱いんです。
そのくせ不規則生活&暴飲暴食を結構しがちなのでよくオナカをこわします。
おなかが痛い日はもう大変です。
おかゆを食べるとおかゆが出てきます。(←デリカシー無)
こうなってくるともうアウトです。
というわけでおとなしく寝ることにします。ではおやすみなさい。
8−27(月) セクハラについて(1)
せっかくみんなで話し合ってきたし、ぼくも色々と考えてきてみたので
ちょっとづつ、ここで整理していこうと思う。いつか役に立つかもしんないし。
と、いうわけで。
まずは「セクハラ」とはなんなのか?ということについて、その言葉の意味を考え、まとめてみる。
「セクハラ」っていうのは略語で正式には「セクシュアル・ハラスメント」といって
それについての本の中では、たいていは日本語で「性的いやがらせ」 と訳されてある。
日本では一般的には「女性に対して男性が行う」ことを前提に「セクハラ」という言葉が
使われていることが多いし、一般の認識もそうなってしまっていて
実際、学校のみんなの中にも「セクハラ」っていうのは男性が女性に性的ないやがらせを
することだっていう狭い意味で認識している人も少なくなかった。
でも、別にその反対(女性が男性にする性的いやがらせ)のケースであっても
立派な「セクハラ」であり、事実、そういったケースは海外ではたくさんあるし
日本でも最近はちらほら問題となっているらしい。
男性とか女性とか性別は関係なく、相手に「性的ないやがらせ」を行って不快感を与える行為
がいわゆる「セクハラ行為」であるのだと認識しておいた方がよいように思う。
最近、マスコミなどで「逆セクハラ」という表現をかなり目にするが
上のような考え方からすれば、「逆」ではない、ただの「セクハラ」だ。
「逆セクハラ」 という表現は、「セクハラ」という表現が男性が女性に行う行為だという認識の
もとにのみ成り立っている言葉であって、それは「ナンパ・逆ナンパ」のそれと似ている。
なんて、まぁその表現が似ているかどうかは別問題として、
やはりその狭い意味での使い方はまずいと思うのだ。
今の日本で起こっているセクハラ問題が、「男性が女性に性的いやがらせを行う」ケースが
多いからといって、それをそのまま「セクハラ」の意味におきかえてしまって認識するということは
その時点で男性と女性の立場をこじつけて、差別しているようなものであると思う。
セクハラ問題が、男性が女性を差別することで起きているとするなら
みんなが「逆セクハラ」という表現を使うことによって女性が男性に性的いやがらせを
行うということが、「女なのにそんなことするのかよ!」っていう変な意味も持つようになってくる。
「セクハラは男性が女性にするもんだ!それを女性がするなんてもってのほかだ!!」
ここまで大げさに言う人はサスガにいないだろうけど、少なくとも、同じ行為を行ったとしても
その容疑者が男性と女性では、周囲の反応も理解も違ってくるのだということは言えるかもしれない。
逆とかじゃなく、男性でも女性でも性的いやがらせをして他人に不快感を与えたことには変わりないのだ。
8−26(日) 帰ってきた
三浦海岸って案外近いね。
ぼくは目黒に住んでいるんだけども、高速乗ったら1時間弱で行けたよ。
帰りは色々と一人で寄り道しながら帰りました。バイクで。
小さい頃、家族で何回か「三崎口」の「三戸浜」っていう海水浴場に
遊びに行ったことがあります。
それを思い出してちょっと寄り道をしてみました。
ぼくは、普段は家にいることが多いので(特に日中は)
こうやって小旅行をするというのは、とても良い気晴らしになります。
「普段と違うことをすることで、気分をリフレッシュさせる」
というのは、本当に大切なことのように思う。
新しい発見が生まれたり、明日に向けての活力が生まれたりする。
なんて、いつも遊んでるようなぼくなんかがこんなこと言うのは
ちゃんちゃらおかしい(←言わなかった?)かもしんないけど
とにかく、家に閉じこもりきりじゃなくって、こういうのも必要だと改めて思いました。
でもぼくは家に閉じこもりなもんで、どうも人一倍、太陽の光に弱いらしい。
「炎天下でほぼ半日、バイクで移動」 なんて無茶なことをしたがために
家に着いて風呂はいって一息ついたらもうぐったり。
今日はよく眠れそうです。
8−25(土) 学校行事
今日から学校のイベントで三浦に行きます。ゼミ合宿というやつです。
学校のゼミの人たちが集まってなにやら色々とやるらしいイベントであるわけですが
合宿のメインはやはりお勉強でして、今回は「セクハラ」について
お酒を飲んでハナシしたり、真面目に議論したりするみたいです。
「セクハラ」というと、男性のぼくの方からするといまいちピンとこないけれども、
でもちょっと考えてみると、この「ピンとこない」っていうデリカシーのなさが
女性に対して「セクハラ」と認識させる行為を行ってしまう要因にもなり得るのだと
そしてこんな当然のことにだれもが気付いていない(気付かない)から
「セクハラ」というものが、社会現象として盛り上がってきてしまていると思うんです。
その自覚のなさが、「セクハラ」を引き起こしている原因だろうと思うんです。
「セクハラ」の問題についてちゃんと考えたことのある人は
「セクハラ」なんてしないはず。と、現時点で、ぼくは勝手にそう思っておきます。
まー今からそんなにいっぱい語るよりも、みんなと話してきてから書いた方が、
ちょっとはマシなこと書けると思うので、この続きは帰ってきてから。
つうか、「闇について」も続きのままだった・・・ま、そのうち。
8−24(金) ガラクタ
パソコンも、自転車も、おかあさんも、子ネコも、電気スタンドも、テレビも
おにいちゃんも、近所のオジサンも、飛行機も、プレステも、政治家のセンセイも、
総理大臣も、クワガタも、ミミズも、掃除機も、ウォークマンも、
みんな、動かなくなったらただのガラクタ
8−23(木) 闇について(2)
(初めてここから読んだ人、すいません。もうちょっとだけ前から読まないと、つながらないかも?)
少し前に、霊能者のアーミンのハナシをちょっと書いたけど
彼女と一緒に飲んでた時に、「なんで霊視する時って目をつぶるの?」って聞いたのを思い出した。
アーミンによると、目をつぶって霊の存在を感じ取って、アタマの中でイメージするんだという。
目をつぶって集中すると、感じとった霊がよりイメージしやすくなるんだと。
「目をつぶる」っていう行為は、その瞬間「見ることをやめる=視力を捨てる」ってことになるわけだから
モノを見ることに使っていた集中力を他の部分に向けることができる。
そう考えてみると、(ってこれはぼくの仮説にすぎなくてなんの根拠もないわけだけど)
一休さんがひらめく直前、必ず目を閉じて考え事をしているというのもうなずける。
ぼくが、キャンプに行ったときに感じたあの「まっくらやみ」っていうヤツは
ぼくらから視力を奪い、かわりに他の感覚を研ぎ澄まさなければならないという状況に追い込む。
強制的に、他の部分に神経を集中させなければならないわけだ。
そんな状態だから、そこでは普段考えない、考えなくてもよいようなことまで考え、イメージしてしまう。
逆に、考え事をしたいなら「まっくらやみ」は最良の条件なんだと言えると思う。
しかし普通は、実際そうもいかないもんで、「闇」というイメージに負けてしまって
他のことを考えるヨユウを失ってしまうもんだ。
それについてはまた・・・(続く)
8−22(水) るーるら
いちどはだれもが夢見るせかい
キュートでおバカでオシャレでせつない
子どもたちと数匹の子ネコによる一夜のファンタジー
そこにあるのはいっぽんの大きな老木と
そこら中に転がっている赤いリンゴたち
そして夜空に浮かぶかじりかけの月
子どもたちは「るーるら」と歌い、子ネコたちもその歌にあわせておどるんだ
おなかが空いたらリンゴを食べればいい
リンゴを食べたらまたおどろう
食べるリンゴがもうなくなったとしたら、いつまでもそこにいる必要はなくて
今度はこのあおい月夜に浮かぶ光のつぶになって
おどりつづければいいだけのこと
夜が明けるまで「るーるら」と歌い続ける
いつしか子どもたちも子ネコもかじりかけの月も老木も食べられたリンゴたちも歌いはじめて
もうなにがなんだかわからなくなったら、もうすぐあたらしい朝がくるっていう合図だ
8−21日(火) テレビ
今日から新しい一ヶ月。
ページも新しく、気合い入れていくって感じです。
今日は久々に、午前中に一日の第一食目をとりました。
どうしてこんなまわりくどい表現かっていうと
ぼくは毎日起きる時間がバラバラであるからです。
しかも、一日に3食きっちり食べているわけではないので
朝食とか昼食とかって呼ぶのもなんか違和感があるので
こう言っているわけです。 起床時間はたいてい、昼過ぎ頃から夕方が多いのですが
今日はなんか目が覚めてしまって昼前に起きてしまいました。
ゴハンを食べながらTVをつけてみると、「スラムダンク」 がやっていました。
ぼくの記憶が正しければ、夏休みのお昼前の定番アニメといえば
高校野球真っ最中のこの時期、青春野球マンガの王道「タッチ」であったはずなのに。
今年はなにかとバスケがアツイのかな?
ぼくらの頃は、バスケ全盛期って感じで、(スラムダンクの影響で)
公園でも学校でもTVでもマンガでも、そこら中でバスケしていた感じがあるけど
最近、バスケブームは去ってしまったみたいで、あんま注目されなくなってきてる気がする。
そこへきて、アニメ・スラムダンクがやっていたので、おおっと思ってしまったわけです。
ぼくも中学高校とバスケ部はいってました。
もろ、スラムダンクの影響で。
でもバスケは楽しい、公園でやっても体育館でやっても。
そしてカッコイイ。上手ければのハナシだけどもね・・・。