7月21日〜8月20日のガリガリ  8月21日〜9月20日のガリガリ  9月21日〜10月20日のガリガリ  10月21日〜11月20日のガリガリ 11月21日〜12月20日のガリガリ 

12月21日〜01月20日のガリガリ 01月21〜02月20日のガリガリ 02月21日〜03月20日のガリガリ  03月21日〜04月20日のガリガリ  04月21日〜05月29日のガリガリ


05-20(月) 血液型性格判断についてB

あ、なんかもう気がつけば20日だ。早いね。教育実習まで10日くらいしかないや。
早くこの話を終わらせて、教案シリーズに入らなきゃ。

でも今日は手抜き。今日は大事な会議があるのです。今年一年の明暗を分ける、大事な会議が!

ではでは。今日は。ハイチュウ。

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「ねーねー、ハイチュウどこ!?」

「ウン!」

「あっ!あったあった!!」

ドンガラガッシャーン!!!(←ハイチュウがおいてある棚を倒してしまう)

『行動がいきなりでおおざっぱ。B型は落ち着いて買え!森永ハイチュウ!」

---

「キミィ。ハイチュウ、もちろんおいてあるよね?
で、知ってる?14年前に発売されたんですよ。ハイチュウって・・・」

『高飛車でノーガキタレ。AB型は黙って買え!森永ハイチュウ!」

---

「こんちわっ!ハイチュウちょーだいっ!あ、これね、これ美味いんだよねー。
ねー食べてみる?おれがゆーんだから、絶対美味しいからっ!!」

「仕事中!!!」

『八方美人で調子が良い。O型はおとなしく買え!森永ハイチュウ!』


05-19(日) 血液型性格判断についてA

あ。なんか面白いこと思いついてたんだけども。これ書こうとしてパソコン立ち上げたら忘れちゃった。

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昨日の続き。血液型性格判断がなんでこんなにみんなに信じられてるのか?

なんで科学的には全く根拠のない、また学会レベルではまるで認められていない
血液型性格判断が社会に浸透してしまっているのか?なぜ正しいと思われているのか?

その答えのひとつとして、「マスコミによる過剰宣伝」というのがあるみたい。

歴史的に見ていくと、1970年頃から、第一次血液型ブ→ムがはじまって
雑誌のコーナーや、テレビ番組、本なんかでもてはやされたのね。
そして、一回それらは何の根拠もないって批判をされたあと、
また1980代後半からまた、さらなるパワーアップを遂げて
血液型判断のブームがやってきた。第二次血液型ブーム。

こんなCM覚えてる?1990年くらいに流行った、森永ハイチュウのCM。

「あのぅ・・・あったらで、もしあったらでいーんですけど、ハイチュウありますか?」

「フーン!」

「あっ、4種類もあるんだ、どれにしようかな?迷うな〜!?」

『優柔不断で客という意識がない。A型は思い切って買え!森永ハイチュウ!』

とかってやつ。これで売り上げが40%増にもなったらしーよ。まじめに。

要するに、血液型性格別判断ってやつは、マスコミのいいかげんなアピールと
お金儲けのためのムリヤリなこじつけと、あとほんのちょっとの学術的ニュアンスの
(←これがちょっと重要)相乗効果で、何の根拠もないにもかかわらず、社会に
浸透していった、というわけ。だそうだ。
その「ほんのちょっとの学術的ニュアンス」ってゆーのがどうもミソっぽくてさー。
確かになんとなく、科学的な雰囲気とか、研究されてちゃんとした根拠があるっぽいじゃない。
しかも世の中の自称「血液型性格判断のプロ」達は、またそれっぽく血液型と性格について
語るじゃない。日本人の性格的にさ。そーゆー学術的っぽいモノに弱いっていうのがあるような気がする。
正しい正しくないに関わらず、居酒屋のおっちゃんが言うことは大学の教授の言うことよりも
言えてる〜って思っちゃう度、というか。居酒屋のおっちゃんの方が実はスゴイこと言っていたとしても
大学教授の学術的っぽいニュアンスの語りの方が世の中には受け入れられるというか。
そこんとこにちょっとつけこんだ、戦略的な商売道具として、血液型性格判断ってゆーのは
展開されてきたってゆう一面も少なからずあるし、それが社会への浸透を促進させたということも言えると思う。

あ、なんか話を難しくしちゃったけど。今日、書きたかったのは森永ハイチュウ。こんなのあったよねー。ってゆーことだけ。
明日はちょっと手抜き。明日の分として、もう残りのハイチュウCM。載せちゃいます。

懐かしく浸れ!


05-18(土) 血液型性格判断について@

ぼくが学校の講義で聞いてきたちょっといい話をまとめていくこのコーナー。
第一回目は「血液型性格判断の謎」について。
多分、何回かに分けて、しかも話は順番じゃなく、飛び飛びでしゃべっていくと思うので
最後にまとめて全部読むとなんとなく「あーなるほどに」ってかんじになるかと思います。
では、いちおう下に書いたやつを読んでから、続きを読んでくださいねー。

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まずは歴史的背景についてまとめ。

そもそも「血液型」ってゆーのが世界で初めて発見され公表されたのは
ヨーロッパの医学界で1900年頃の出来事なわけなのね。
「医学界」ってゆーのは、そもそも「血液型」ってゆーのは性格判断とかそーゆーのを
考えるのに役に立ったりするんじゃなくって、血液の相性(輸血の際とかの)というか
医療の発達を考える上で発見されていったもんだから。当然、最初は医学界から。
そんでね。その後にどんどん研究が進むにつれて、当然「輸血などの医療」に
役立てる上で、様々な人種の血液型のサンプルや動物の血液型をとりまくったのね。
その結果、でたデータとして。西洋人には「A」「O」型が多く、東洋人や黒人には
「B」型が多かった。(「AB」型はまだ発見されてなかった。)
で、そしたらそのまわりにいた他の分野の学者がいいかげんなことを言い出したらしくて
「西洋人はA・Oが多いのできっとA・Oは優秀なんだ!Bは野蛮な性格が多いのだ!」
なんてことを言ったいいかげんなやつのせいで?今でもその流れが生きていて
「B」型は自己中でワガママですぐムキになって・・・とかってなんとなく悪いイメージが
つきまとっているのではないか?とひとつ考えることができる、というのね。
そんな昔から、「B」型はマイナスのイメージを植え付けられてきたのだ。
しかも↑そんなくだらない理由で!
西洋人=A・O=優秀、なんていかにも当時の偏見的な考え方っぽいよね。

もちろん最近の、心理学者によるランダムサンプリングの調査結果によって
(11000人を対象に、血液型性格特徴に当てはまるかどうか、ランダムに調査)
「ぜんぜん当てはまらないじゃん」ってことは照明されてるのね。

ではなぜ、こんなにも血液型性格判断が浸透しているのか?みんな、信じているのか?

続きは、次回。


05-17(金) 続・↓の続きは。ちょいまち。

ぼくの今でもよく聞く昔の名曲集の中に「THE BOOM」があるんだけども
さっきテレビを見てたら、今、アルゼンチンで「島唄」のカバー曲が売り上げ一位なんだってさー。

SHI MA U - TA YO KA ZE NI NO RI - TO RI TO TO MO NI -

とかって画面の下に出てたりして。外国人のおっちゃんが唄ってるの。

なんか、思えばぼくは沖縄のモノとかコトバ(オキナ・ワード)がすごく好きな気がする。
ガレッジセールとか、MONGOL800も、BOOMも。
グァバとかシークァーサーとかラフティーとかも好きだし。沖縄テイストってスゴイ好き。
解ってるかっていったら解ってなくって、多分そうとう勘違いな受け入れ方なんだとは思ったりするけど
とにかく好きなんだよね沖縄テイスト。いつか、なんかそれっぽいかんじの作ったり自分でもやってみたいと思う。


05-16(木) ↓の続きは。ちょいまち。

昨日トモダチと久々に野球を見に行った。横浜スタジアム。阪神×横浜。
阪神が強いと野球が面白い!ってどっかの野球解説者が言っていたけど
ほんと面白かった。ほんと興奮した。ってゆーか阪神ファン最高!
会社帰りのサラリーマンがスタンディングしてメガホン叩いて六甲おろしを熱唱している姿や
小さなコドモが親父と一緒に「やぶーっ!しっかりしろやぁ!」とか叫んでるのとか
それとか全然知らないおっちゃんと3秒くらいでトモダチになれちゃったりとか。
しかも昨日は藪がいいピッチングしてさぁ。打線も渋く点を取って。
4-1で阪神が勝ったんだけど。それもあって阪神ファンとかなりシンクロしちゃってたカンジ。

ぼくは横浜ファンなのに。

阪神の応援してた方が(内野の指定席で阪神側だった)面白かった正直。
阪神優勝しないかなまじめに。
でもでもやっぱ野球は生で見るのがいいね。
でもでもでもでも、ラッキー7の攻撃前とか試合後に飛ばされるフーセンって
あれ実はちょーばっちいんだよね。上空にツバキが舞う!何千人ものツバキが一斉に舞う!

まーそんなことはどーでもいいんだけども。でもホントに面白かった。また行きたいなー。


05-15(水) いいはなし。

教案もけっこう完成に近付いたし、あとは日々、寝る前に授業のイメトレするだけ。
そしてマンガの原稿や、その他の仕事も片づいてきたし、テンションもあがってきた。

ので、昨日は久々に大学の授業に行ってきた。

「社会心理学」の講義。なんか久々に得した気分になった一時間半だったよ。

講義の内容は、「心理学サイドから見た血液型性格判断について」だったんだけども
けっこう「はっ」っとさせられるところや「やっぱねぇ」って思わされるところ盛りだくさんだった。

ノートもばっちし取ってきたので、そのうちココにまとめるからお楽しみにー。
これは「お楽しみにー」って言えちゃうくらい、結構スゴイはなし。

自分でも講義を聴きながら、「これはガリガリにまとめておかねば!」って思ったほど。

ほんとは今日全部まとめちゃおうかと思ったんだけど、
やっぱじっくり自分でも考えながらやろうと思うので今日の所はさわりだけ、書くことにしときます。

---心理学者の間では、「血液型性格判断」っつーのは、けっこう否定的に捉えられてるみたいで
これといった学説もなければ、学会でもほとんど認められた例はないんだって。
むしろ、心理学者が「血液型性格判断」を考える時には、
偶然の一致とか、その偶然の一致を思いこんでしまう人の心理状態を研究するといった方法が
多いんだって。くわしくは次回に書くけども、よく考えてみればさ。「血液型」には「4」種類しかないでしょ。
そして日本人の場合、そのうちわけの比率は「A:O:B:AB=4:3:2:1」なんだそうだ。
よくさ。初対面とかで血液型を当ててみせる人とかっているけども
それってもよく考えてみたらかなり偶然の一致の可能性が高いよね?ってことみたい。
つまり「あーキミってもしかしてA型でしょ?」って言って、当たる確率は2/5なわけだよね。
ジャンケンで勝つ確率よりも高い。
それにほとんどの人ってさ。それでA型じゃなかった場合にもさっさと「じゃ、O型でしょ?」って言って
もしそれで当たってたら「あーやっぱりねー」ってさも「当てたぜ!」みたいな言い方する人って。多くない?
それってもよく考えたら、7/10の確率なわけじゃん。たまたま当たったくらいの確率じゃない?それって?
しかもそーゆー時でも、「当たった!」ってその人の中ではカウントされちゃうわけじゃない大抵。
そうするとますます、その人は「血液型当て」に自信を持ったり、真実性を増したり、勝手にしちゃうわけで。
けっこう、「血液型」で性格を判断できる信仰が強い人ほど、そういう傾向にあるんじゃないか?
ってゆーのが、心理学サイドの見解なんだそうだ。

ってまだまだまだまだたくさんメモ書きもあるので、何回かにわたってまとめていこうと思います。
あー昨日は学校に行った甲斐があった。って、正直おもいました。それほど、インパク知(←覚えてる?)


05-14(火) カラス。

今日は朝からドタバタと忙しかった。あちこちバイクで行ったり来たり。
その忙しい一日の始まりも、かなり騒々しいものだった。
世紀末!?ってくらいのイキオイで、家の前にカラスがうじゃうじゃとして
ギャーギャーとうるさかったし、カラスのギャーギャーにまぎれて、
なんか人間の声で「ギャ!」って聞こえたかと思うと、おじいさんがカラスに突かれていたり。
最近、ウチのまわりにやたらとカラスが多い。なんでだろ?
でもほんと、あいつらコワイよ。
その突かれたおじいちゃん。かなり死にものぐるいで逃げてたもん。
幸い、ケガはなかったみたいだけど。人を襲うカラスとかって。まじでコワイよね。
つうか、まじめに撃退用に「エアガン」とか買おうと思っちゃったもん。

ってゆーか、今日はバイクでそうとう移動とかしたんだけども
ふと、教習所のおっちゃんが言ってたオヤジギャグを思い出してふいた。

「(交差点付近では)減速は原則だ!」

って一回の講義で4回くらい言ったなぁ。とか、交差点付近に近付くたびにふいてました。
でもこれ書いてる今になって思い出しても全然おもしろくないな。所詮オヤジギャグ。だ。


05-13(月) リリーフランキー

けっこう前から好きなオッサンno.5に入ってるくらい(あこがれのイトイさんも入ってる)

好きだったんだけど、ちらほらしか出てこなかったからあんま見る機会なかったけど

最近「日本一コラムが面白い人」とかってTVとか雑誌に登場するようになったよね。

リリーフランキー。

このおっちゃん。ほんと。面白いよ。まじで。

試しにこれ、読んでみるといいです。「ほぼ日」の対談。

タイタニックのヘンテコ映画評みたいになってるんだけど

いまさらタイタニックでも、リリーさんのコメントが、面白い!暇な人。見てみるといいです。

--- でもでも、「おれ、リリーフランキーみたいな「おっさん」を目指してる」

   とかって言っちゃう系の人にはなりたくないけどね。ただ。コトバとかセンスが。好きな。だけ。


05-12(日) モー娘。

昨日、トモダチのいとこの小学生がモー娘。のオーディションに行ってきたらしい。

まだ増えるのか?それとも誰か消えるのか?それともそれとも新しいユニットが誕生?

そーいやシャ乱Qって「つんく」と「まこと」と「たいせー」と「はたけ」とあと誰だっけ?


05-11(土) 暗に。

久々に会ったトモダチに「カザマ君ってもっと目とかぱっちり大きくなかったっけ?」

って言われたけど、それは遠回しに太ったって言ってるのか?とか0、1秒くらいで感じた。

目が小さくなった?→目自体はは小さくなってない、小さくなったように見える→

→顔が大きくなった分だけ(顔の面積が大きくなった)目が小さくなったように見える→

→顔に肉がついた→ ” 太った!”

そのときはすっごく頭の回転が速かったんだと思う。&でも考えすぎ。

 

ってなに言ってるんだか。ってかんじ。だ。


05-10(金) ハナモゲラ。

タモリは偉大。だ。っていまさらだけど。

四カ国語麻雀とか聞いたことある?スゴイよあれは。

インチキ中国語とか、イグアナのモノマネとかさ。

なんか「声音系」の笑いに関してはもうすごすぎ。

タモリがいなかったら無かったかもしれない笑いの分野って相当ある気がする。

ただの笑っていいともの司会のオヤジなだけじゃなかった。

調べれば調べるほどに。タモリのすごさは解る。

タモリは偉大。だ。


05-09(木) 森三中。

お笑い芸人も大変だなぁと思ったりした。
なにげにフツウの同年代(ぼく感覚?が変?)ってカンジがした。
でも芸人モード入ると違うなやっぱ。
カメラ向けられた瞬間、面白い顔になった。職業慣れってスゴイね。
毎日そればっかやって、そればっか考えてると、自然とそうなってしまうのかね?
それはそうと、ルミネザヨシモトの楽屋を「三瓶」がうろちょろしてた。
でもこっちは芸人モードじゃなくっても、テレビと同じっぽかった。
やっぱ天然っているもんだ、と。思ってみたり。
でも三瓶って、とくに面白いことやったり言ったりしてないよなぁ、とも思ってみたり。
でもでもあーゆーとこで。あーゆーふうに堂々とパフォーマンスできるのがスゴイ。
それだけで、三瓶は、やっぱし立派な芸能人でありお笑い芸人なんだとか思ったり。
ぼくなんて、教壇の上に立って、たった40人くらいの生徒を相手にパフォーマンスするって
だけで、緊張しまくるだろうなぁ最初は。でもそんなのも、すぐ慣れちゃうのかね。
ぼくは昔はそこんとこあんまし良く考えきれてなくって
すぐ恥ずかしいって思っちゃってそれでその先を考えずに終わりにしちゃってたから
人前でなにかをすることがすげー苦手だった。今でも、どっちかと言えば、苦手。
だけどそんなのって所詮さー。その時の自分を取り巻くあらゆる環境について
冷静にきちんと考えてみれば、そんなことは無くなるよなってことに気付いてから
かなりそーゆーの平気になっちゃった。ようか考えよう。それは全てのことに言えるくさい。

でもでも、お笑い芸人にはなれねぇだ。ぼくにはとても。過酷すぎる。


05-08(水) 教案。

教育実習のための「教案」を作っています。
結構大変。先生なんて職業に就いたらこんなの毎日かよって思ったら
ますます教育実習だけでいーやーって思えてきちゃったり。
(ってまだ実習行ってもないのにね)
でもやるからには面白いのやりたいので、シコシコとネットでネタ探して
(って表現が自慰っぽいなコレじゃ・・・)
なるべく常識はずれ(×)今まで誰もやったことなさそうな授業作りを考え中。
でも基本はあんましそれないようにやることにした。
弱気になってるってわけじゃなくって、やっぱ「先生という職業の基礎基本」って
ゆーのはちゃんとあるはずで、やっぱそこから入っていかないと。って思い直した改めて。
そこからどこまで崩せるかどうかって考えていかないと、脱線しまくりでサスガにヤバくなりそう!?

そんなわけで。どーなることやら。
明日は「森三中」のインタビューに乱入しに行ってきます。


05-07(火) 久々にココに書くなぁ。

GWはホントにひきこもってました。ってゆってもこの人ほどじゃないけど。
(完全ネットひきこもり生活ガイド参照)

うける。バンビィさん。ネットで生活とかって別に次世代的でもなんでもないよね実際。

ただ不便で窮屈なだけくさい。あ、ちなみに次号のゴザンスで特集記事になってるよ。ネット生活。

ってゆーか外に出れるんだったら、外に出た方がいいに決まってるんだぁコルァ!

GW中に描いてたマンガが、怒りっぱなしのマンガなもんで、くせになってしまいました。

そのうち、アップ!こっちもアップアップアップ

ふと思ったんだけど。ゴザンスが創刊号に比べて2ちゃん色が濃くなっている。口調とか雰囲気とか。

そしてかんけーないけど。↑これ気に入った。なにげにアップ


05-06(月) GWを引きこもれ!

とゆーわけで、過去ログ編集終了。実は今日はまだ5月1日。

ぼくはまだしぶとく学生なもんで、GWとか世間の休みとかかんけーなく

年中休みのようなもんなので、あえてこのいつもより遊んでいる人が多いこの時期に

遊ぶことはねぇってかんじで、引きこもることを決意しました。

マンガを描いています4コマまんがとかいろいろ。

どーゆーカタチで出るかはまだわかんないけども。そのうち。今度の今度はホントに出ます。

GOZANSマガジンも。変なことやりました。jancaもここだけのハナシ。面白いことになってます次号。

とゆーわけで引きこもってます。GWにぼくが顔を出すのはWEBの上だけ!


05-05(日) ログそのK 考えるパワーのハナシ。

まずはぼくのコメント。

阪神の星野監督がこのまえサンスポかなんかで、
「野球はアタマや。まずは考えることが大切なんや。優勝するためにはどうしたらいいのか、まずは考えなあかん。
優勝できるための考えるパワーは使ってるつもりや。この優勝するための考えるパワーを費やせば、
オックスフォードにだって受かるくらいのパワーをな。そのくらいせなあかんのじゃ。」
なんていうようなこと言ってたけど、ほんとその通りだと思う。オックスフォードってのはちょっと?だけど。
あれだけのことが出来るんだから、その考えるパワーを受験勉強に費やしたら、東大だってどこだって受かると思う。
なんかぼくもちっちゃい頃から、テストで100点とろうとするのも、美味しい料理を 作ろうとするのも、
バスケでドリブル出来るようになるのも ぜんぶ同じじゃんって考えてきた派だから、
なんてゆーか星野監督のそんな話は解る気がするんだよなぁ。
ってこういった話は、総合学習の時間ってやつを 考える上でも、必要な話題なんじゃないか?って思ったり。
だって上みたいな話のもっと狭いバージョンでしょ?要は。

そんでそれに対する先生のコメント。

現役の頃の星野のことはよく覚えてるけど、アタマよりは気迫の人だったような気がするが。
ピンチで王や長島を迎えて、1塁が空いてるんだから、歩かせればいいのにって、
小学生でも判断するような場面で、真っ向勝負。それで、打たれたりしていた。
もちろん、こういうところが、彼の気概であったり、プライドであったりしたんだと思うし、だからこそ、
人気も人一倍あって、相手チームのファンからも一目置かれていたんだとは思う。
だけど、そういうのを「野球はアタマや」とは、やっぱり言わないだろう。
> なんかぼくもちっちゃい頃から、
> テストで100点とろうとするのも、美味しい料理を
> 作ろうとするのも、バスケでドリブル出来るようになるのも
> ぜんぶ同じじゃんって考えてきた派だから、
僕は、率直に言って、テストで100点>バスケでドリブル>美味しい料理、って思っていたさ。
でも、だからこそ、大学に入った頃なのかな、そうじゃない見方や考え方に触れて、目が覚める経験をすることができた。
だから逆にいうと、小さい頃からそんなに醒めてると、どーなっちゃうんだろと思わなくもないが(^^;
要するにね、「考えるパワー」っていうのは、どこから出てくるんだろ?
ということが、問題だよなというか、大事だよなということが言いたいだけなんだけど。

それに対するぼくの再返信。

ちょっと考えてみたよ。
まず星野監督の件に関しては、先生というか世の中の大人の 大半の人に言えると思うんだけども、
小さい頃は 気付かなくって、多分大人になってから気付いたんじゃないかと思うのね。
だからこそ、最近になって言われはじめた、というかそんなかんじ。
まー言われはじめた背景にはいろんなことがあるとは思うけど。 政治家や官僚のエライとかの問題とか。
まーその話はおいといて。 「大人になってから気付く」ってとこが色んなこと考える上で重要で
例えば最近の子どもが冷めてるというか無力的な背景を考える時なんかでも
そーゆー価値観の変化っていうことを考えるとけっこう言えると思うのね。
なんてゆーか、そこにはまた、ぼくのいっつも言う情報化社会ってゆーのが関係していると思ったりするんだけども。
今の子どもって処理能力はないくせに、情報量だけは昔と比べて格段に多いんだと思うんんだよね。
だから中途半端に気付いてしまっている、というか。 大人ってよく無気力になる人おおいじゃん。
大人になるにつれて無気力になるというか。 大人になるとうっすらと世の中こんなもんだっていうのが情報として得られて
それしていくううちに夢も希望もなくなっていっちゃう。 よく夢とか言ってるうちはまだまだ子どもなんて言うし。
世の中しょせんこんなもんだーって無気力になっていくのが大人ってかんじもするけど、まさに今の子どもってそれな気がする。
大人でもさー。中途半端にしか解ってないで情報ばっか偏っちゃうと それに陥るじゃない。
大学生とかってそういう人おおい気がするし。 その情報にどー対処していいかわかんない。
けど情報は情報として 流れ込んでくる。それに従っちゃう。夢を持てなくなる。みたいなかんじに。
それがどうも低年齢化しちゃってるってことなんじゃないかなと思ったり。
ってかなりがちゃがちゃかいちゃったけど言いたいこと解りますかね?

そして(ぼくの)まとめのつもりの再々返信。

考えるパワー=考えさせられるじゃなくって、ホントの意味での考えるなのかなって思うよ。
なんてゆーか、考えるのは始めはどう考えてもいいし何考えたって自由だし、って発想。まぁあくまでも「はじめは」だけども。
つまり、最終的にみんながどうだからとかあのエライ人があー言ってるからとか
そーゆーのに従って考えをまとめるのはいんだけども、 そーじゃなくって、考え始めからもうそれしか考えられないってかんじで
そのエライ人の意見とか大人の社会の意見とかってもんに なんも疑いを持たずに受け入れて考え始めてしまうってゆーのは
考えるパワーが一方向にしか向けられていないというか
その時点で考えるパワーがもうすでに他のモノに変換されちゃってるというか。
勉強>野球>料理ってゆー図式だってさー。
はじめからそう思わされてそれしか思えないっていうのと はじめはみんな=だったけど、
だんだんと>>>になっていった ってゆーのでは違うでしょ?
===の時点では考え方的には、少なからず考えるパワーは 同じなんだから。
それが>>>になった時点で考えるパワーの質は 違ってくる。だからその大事だよなに答えるなら、
===という価値観から生まれてくるってかんじなんじゃないかね?
最初からそーなのと、先生みたいにあとから=になるのと どっちがいいかなんて言えないと思うけども。
あ、つっこまれる前にいっとくけど。>>>の方に考えるパワーがないってわけじゃないよ。
考えてないってわけじゃない>>>の方だって。 考えるパワー的な質、が違うというだけ。


05-04(土) ログそのJ 理想?

以下ぼくのコメント。

もうこれからの時代はね。 「これだー」っていう考え方や方法論を
当てはめて物事全部を考えていくにはそーとーキビシイ状況になってくると思うんだよね。
ってゆーかもうすでにかなりキビシイ。
だからね。もっとお気楽になった方がいいんだと思うぶっちゃけ。
全て出来るとかそーゆー発想じゃなくってね。
出来るのと出来ないのがあるのはしょーがないんだって開き直っちゃって。
そんでその先を考える。つまり出来ないモノは 人に頼ればいーじゃんってゆー発想というか感覚。
出来るモノは人に与えてやればいーじゃんっていう気楽な感覚。 そしてその方法。
教え教えられ上手になる方法っていうかんじ?かな? 今までの教育ってゆーと、なんかぼく的な感覚だと、
どっちか一方ってかんじだったと思われる。そしてなんかそこに
大きな壁があったというか、両方は相反していた感があったような気がする。
そーゆー考え方が一般的になれば、教師ってゆー職業も かなり楽に楽しくできるようになると思うんだけどな。
実際にやったことないからエラソーには言えないけども やっぱ今の教師ってゆー職業はすごく大変だと思う。
従来の教師のままを通すなら、すごく大変と思う。 って、ちょっと理想というか妄想はいっちゃったかね?


05-03(金) ログそのI 飛躍的思考。

下のコメントの続き。というかちょっと大げさに下のことを考えてみた。

人類ってさ。限られた時間の中で処理しなければならない情報量が
日に日に増大していくという関係を今まではうまく処理していたでしょ。 どーゆーことかっていうと。
まー身近な話でいえば、洗濯機とか電子レンジだってさ。 洗濯する時間やゴハン作る時間を短縮して、
できた時間を 他のことを考えたり、休んだり、何かしたりすることに使うって目的も あるでしょ?
ただ便利だっていう他に。新幹線とかだって飛行機だってそう。
みんな限られた人生の時間の中でできるだけいっぱい色んなことを しようとして
時間を短縮して楽しもうっていう目的もあるはずだ。 でもね。ぼくが思うに、ココ最近十年くらいってさ。
あまりにも情報量ばっかしふえすぎちゃってて バランスが取れなくなってきちゃったというか
追いつかなくなってきたんじゃないかって思うんだよね。今まではバランスがいちおう取れていたんだろうけど、
今は完全に崩れてると思う。 それとね。なんかひねくれた意見になっちゃうけども。
今時、洗濯なんて洗濯機でガーっとやっちゃうよね。当たり前。
洗濯板でゴシゴシやってるやつなんてよっぽど物好きなんだと思う。
時代に合った、というか、より良いモノを求めていって それで古いモノは当然影を潜めていくというか。
その関係ってさ。上の話からいくとしょーがないことだと思う。 それって知識とか学力でも同じコトだと思うんだよね。
だからぼくには学力低下だーって騒いでるおっさん達ってさー。
洗濯機つかってる子ども達に洗濯板でゴシゴシ洗えよって言ってるように見えちゃうの。
別にね。洗濯板全否定ってわけじゃーなくって。 昔はこーゆーのも使っていたんだよくらいにだったらいいと思うのね。
でもおっちゃん達の言い方ってスゴイイキオイじゃん。 日本がダメになるとかって。言うでしょ。
洗濯板の文化も残ってたほうがいいと思うし、洗濯板ファンが 今の時代にもいるのはいいと思うけど、
強制するのはどうかと思う。 洗濯は洗濯機で。っていうのが当たり前な子ども達からしたら
お前バカじゃんって思われてるに決まってると思うよ。 ってちょっと飛躍しすぎなとこあるけど、
根本的な考え方としては同じと思う。 このまま学歴重視ってゆー価値観が薄れていったら
ホントにそうなりかねないよ。と思ったり。 だから別に、今回の文科省の政策って
細かいこと言い出したらキリがないほど問題アリだとは思うけども方向的には間違ってないよなぁと思ったりしてます。
ってまたベラベラとごめんなさい。ちょい酒はいってます。 あ。なんかアメリカ的な発想になちゃったっぽい。


05-02(木) ログそのH 今の子どもはホントに忙しい!?

どーでもいーけど、「じゅういち」って入力して「J」って変換できるけど
どこまでいけるか試したところ。「にじゅう=S」まではできたけど、「にじゅういち」は出来なかったです。

それでは、以下ぼくのコメント。

今の子どもの(いわゆる学校的な)「勉強」離れの理由ってゆーのも小さいとこから考えてみてくと
なんとなく解ってくるんだよね。どーゆーことかっていうと。 例えば、ゲームひとつとってみてもさ。
昔はファミコンだったでしょ。簡単なゲームで面白く遊べた。
でも今はプレステ2だのゲームキューブだのって ファミコン時代の何倍(ぼく比)も脳みそ使うわけですよ。
時間も使う。同じ満足度(ぼく比)を得るにも。労力を使うわけです。
でもでも、人間の脳みそのキャパシティなんて平均したら
昔も今もそんなにかわらないと思う(特にここ十年くらいの差なんて) だからね。
脳のキャパシティが増えたわけでもない。 そして一日は24時間しかない。
それなのに今の子どもは色々やることがありすぎちゃって。
そしてさらに、それを解ってない大人達は、(昔と同じだけの) 勉強量や学力、その質をも求めてくるのね。
昔基準のそれらを求めてくる。 なんかで書いたんだけども、ぼくらの頃はメールやネットなんてなかったでしょ。
それを今の子どもは使いこなしてる(やつもいる)わけで。
そしてこれから先の社会の傾向としては、そういう能力が 求められるというか期待されてる傾向にあることも確か。
考えてもみなよと大人に言いたくなる。 おっちゃん達がパソコン教室でメールのやりとり覚えるのに
いったい何時間の勉強を必要とするのよ。って。 あれもやれこれもやれでさらに学力低下だ知識詰め込めー!
じゃー子ども達はパンク寸前だと思っちゃいます。 で、結局は情報が増えたってところの話に戻るんだけども。
だからその先をどうするかって考えた時にね。 ぼくも先生と同じように。教育の出番だってそう思う。
や。ぼく的にはちょっと違うんだな考え方的には。 教育っていうと強すぎ偉すぎでね。
生きていくコツを分け与える(シェアしあう)みたいなかんじかな。ってわけわかんないと思うけど。
これから先、もう何十年かたったらもっとスゴイことになってると思う。
情報過多の時代。そんなのに対応できる人間と出来ない人間。
子どもだけじゃなく大人だって同じような状況になってくると思う。
偏った、というか限定された何かを教育するというやり方じゃ
追いつかないくらいのスピードで変わっていくと思うのねこの先。 「教育」じゃ対応できなくなると思うのね。
だからさっき言った「シェア」する考え方というかそれをうまくしあえるような方法論ってゆーのを身につける、というか。
なんか漠然としちゃいましたごめん。ぼくの文章力ではこのくらいしかまだ伝えられません。
しゃべりまくれば伝えられるだろーけど。

 

最後はやっぱりいつもとおり?に。言い訳がましく終わる。難しいこというときは定番くさい。
あんましアタマがよくないので〜。発想がいいかげんなだけで、楽しく生きている人間。(←イモウトいわく)


05-01(水) ログそのG 生きる力

以下はぼくの一連の発言に対する(お、なんかカッコイイ表現)masaさんという方のコメント。

カザマさん、ムズイなー。 今の子供は忙しいですよ。ホントに子供は社会の矛盾に気づいているんでしょうか?
そんな遠くの事、真剣に考えてる余裕はないでしよ。
メディアを素直に受け入れて、最終的にでる答えが 「社会って汚い」ってとこ。
そこで無力感を持っているんだと思う。 そういった意味では、 いろいろな事を知りすぎていて
それにどう対応したら良いか分からない。 この事が無力感に拍車をかけているのかもね。
最近、情報を受ける能力にくわえて、 「情報を加工して活かす能力」が必要って聞くでしよ。
文部科学省に言わせれば、生きる力の一つなんだろうけど、
これが身に付くと、無力感を持つ子供が減るですか?
何を狙っているでしよー!? この能力で子供達に何をさせる気だー!

それに対するぼくのコメント。

生きる力が身に付くと、子ども達はますます無力感に陥り、
そしてそれを越すともうホントどーでもよくなってくると思われます。
文部科学省は、やっぱりあんましよく解ってないなと答申とか国民向けの情報を見てるとそう思っちゃいます。
やっぱいい子ちゃんだなーって思ったりします。
下で言った、学力的にはバカな人、によって 美味しいモノ食べたり家建ててもらったりしてる
ってところとかあんまし考えてないかんじ、したりします。


04-30(火) ログそのF 下の続き。(←小出しにして、この話題でGWを乗り切るの巻)

まー別に乗り切るとかって発想になっちゃう必要もないんだけども。
誰のためにやってるわけでもないんだから。誰が期待しているわけでもないんだから。
ってゆーのが、冷静になって考えてみればそーなんだけども
やっぱ前にも書いたけど、そこに「これを読んでいる誰か」の存在がチラチラしてくると
なんか妙な義務感(その人のためにも毎日更新しなければ!みたいなかんじの)が発生してきて
勝手にそう思いこんできちゃって、義務であるように勘違いしてきちゃって、妙な圧迫感に
勝手にかられてる状態ってあるような気がする。他人のホームページを見てるとたまにそう思ったりする。
や、 ぼくのこの日記だっても。客観的に見たらそうっぽい。
そーゆー表現が(そーゆーこと意識しだしたくらいから)あちこちに見え隠れしてるくさい。
誰もそれほど期待なんかしてねーって。更新してないからって、なにもおもわねーよー。ってくらいじゃん実際。
でもでも、それが勝手な思い違いでもなんでも。そういう義務感や圧迫感が物事続ける原動力にもなってる?
とかって最後はそーやって、ポジティブに。プラス思考に。
(最後に気付いたんだけど、圧迫感って・・・。プレッシャーって書けよねぇ。)

前フリ長すぎだけど、以下ぼくのコメント。続き。

タイトル:やっぱ情報化の影響ですかに?(張さん調で)←うざい。

政治家のここ最近の問題とかと一緒でさー。
子ども達もいろいろと解ってきちゃってるんだよ。ぼくらの頃よりくらべものにならないくらいに。
いろんなことを知ってる気付いてる。 けどまだそーゆーのにどう対処していいかとか
どう自分の中でうまく処理していいかわかんないから だから中途半端に無力感に陥ってるって気がする。
政治家についてだって、テレビとかでばんばんやってるから 国民もいろいろ考える材料を手に入れられてるから
だから色々と考えちゃうでしょ。そんでだんだん解ってくる。 数年前まではさー。
考える材料が身近じゃなかったじゃん。 ここまでテレビでばんばんやったらみんな考えるでしょ。
それと同じことが子ども達の間にも起こってるんじゃないかと。
大人になってからしか手に入りにくかった考える材料が
子どもにも容易に手にはいるようになったというか身近になってる。
大人になって感じる世の中に対する無力感ってゆーのが もう子どものうちから感じるようになっちゃってる、
というかんじ。

それに対する先生の返答

たとえば、政策秘書の給与問題があるでしょ。
このことは、どんな子どもでも知ってる (=情報へのユニバーサル・アクセス)。
でも、それを、世の中には悪い奴もいるんだな、程度に受けとめる子どもと、
政策秘書の制度や日本の政治の体質とも絡めながら、構造的に理 解する(しようとする)
子どももいるわけだよね (=情報理解のデバイド)。
前者から後者にわたるためには、当然、修練というか訓練というか、普通に言えば、
まあ「学習プロセス」が必要なわけだけど、 問題は、情報化社会というのは、
どの子にも等しく平等に、この 「学習プロセス」を提供してくれるのか、という点にあると思うんだ。
僕が、「情報化社会」楽観論になれないのは、そのためだ。情報化が どんなに進んでも、いや進めば進むほど、
この落差を埋めるのには、 人為的な取り組みが必要になるんじゃないだろうか。 要するに、「教育」の出番である、と。
もちろん、この場合の教育は、学校だけじゃなくて家庭も入るから、
(いやたぶん、家庭環境などの規定力が、実際にはすごく大きいから)
今度はそこでの「格差」が・・・・という話にはなってしまうんだけど。


04-29(月) ログそのE 学力の価値?

以下、ぼくのコメント。

学力低下だーって言ってるエライ先生達ってさー。
日本の危機だとかなんだとか言うけど 学力のかわりに他のスキルを身につけて
楽しいことや面白いことや美味しいものを 提供してくれる人達がいることで
自分たちだって楽しんでるじゃんってところは ぜんぜん考える材料には含まれてないわけ?
とふと思った。
昨日からずーっとそんなことばっかし考えてたんだけども。
考えれば考えるほど、何も言えない書けない描けない状態に陥るのでやっぱり
最後はどーでもいいじゃんそんなことに なってしまいました。
だから全部茶化してマンガにするしかねーやとかも思いました。
こーゆー方向に考えてばっかしいたら言論人・知識人にはなれないんだとも思いました。
自分のこととか、ってゆーか個人レベルのことなんて棚にあげてエラソーにみんなに語れないと
ダメなんだなぁって。ぼくなんてせいぜい、ホームページでグチグチ言ってるだけが合ってるくさい。
やっぱ今の子ども達ってさ。今のぼくくらいまでは考えてないけど、やっぱなんか世の中の矛盾に
みんなうすうす気付いちゃってるというか、 少なくともぼくの子どもだった時よりかは気付いてる気がする。
ただ、政治とか経済とか、無駄に小難しいから わけわかんなくされちゃってるってかんじや
自分達がどうにかしてどうなるもんでもないから すごく無力感を感じる、そのことに関しては。
そんでそれをごまかすために、お気楽をよそおってる気がする。


04-28(日) ログそのD なんでこんなことこんなところで書いてるんだろう。

多分、酔っぱらってたんだな。以下はぼくの書いたコメント。

ぼく的な発想って。一歩間違ったら宗教的なんだよね。ある意味すっごく。
今の世の中の常識ってやつに納得いかなくって自分がいいと思う常識を作り出してやろう的な発想というか。
そんなのは自分でも解っていて。 でもその一歩の違いはなにかって言うと。
やっぱ群れるか、そうでないか、のとこだと思うのね。 他人を巻き込むかそうでないか。
そのために色々と頑張るかそうでないか。他人に押しつけて自分がエラソーにするかそうでないか。
ぼくは他人にこの考え方をしろって言うつもりはないし、この考えがいいんだ!って押しつけるつもりもないし。
しかも同じような考え方の人達と声を合わせようとか群れようとかって そんなキモチもさらさらないのね。
自分最強的発想だから常に。他の人がどうしようが、ぼくはぼくだ的発想。
だからって他人の意見をバカにするとか受け容れないとか認めないとか、他人が困っていても関係ないとか
そんなんではまったくなくって。とにかく楽しければいいんですよ。まわりも自分も。
まわりが楽しくなければ自分も楽しくないが前提だし。自分さえよければっていうのはちょと違う。
個人主義とかなんとかっていうコトバに惑わされて、なんで?そうしてるの?ってゆーとこをはきちがえちゃってる。
今の学校的なスタイル(同調スタイル)のままで改革的な教育をすすめていくのは
なんか問題かなぁとか矛盾だなぁとか思ったりもしました。ってゆーかそんなんばっかしな気がする。
ぼくの知り合いの性同一性障害のコは金八先生では上手くカミングアウトしてハッピーエンドだったけども
あんなのは所詮ドラマで、ドラマの中では受け入れられても 実際の学校社会の中であれやったら、
まだまだ多分ひどいめにあうとかって言ってたけども、ぼくもそう思った。
みんなやっぱしどーでもいーじゃんって思えないんだよね。
別にテキトーに考えてフツウにすればいーのに。
まーそれはある意味しょーがないかって思ったりもするけども。
ホントの意味で、自分の意見が最強ってゆースタイルを 持たないと、
矛盾だらけでなんも解決してこないって思う。 あ、ごめん。文章みだれまくり。

 

ほんとにみだれまくり。だ。なに言ってるんだかわかんないとこだらけ。
ぼくが読んでもそーなんだから他の人が読んだらもっとそーなんだろうと思う。
勝手に色々と想像してください。


04-27(土) ログそのC ムネオ肯定論!?(ちょいつけたしバージョン)

なんか勘違いされちゃうとあれだから (別にいーけど)ちょっとフォローってわけじゃないけど書いておくと
ぼくは誰かの悪をあばいてやるとか正義面してあーだこーだ言うつもりは全くなくって。
ただただあれがおかしーんじゃない?って 個人的に勝手に考えるのが好きだから考えてて
そんでゼミとかこのケージバンとか そーゆーことをハナシ合う場(のはずだよね?) で
言いたい放題するのが楽しいからやってるだけであって。 って今日のゼミでなんか思ったから書くわけじゃないけども。
だからぼくは別に山崎拓が悪だとかムネオがいけないとか
教育問題でも権力的に上の人達のエゴがあるからいけないんだとか目くじらを立てて怒っているわけじゃなくって
むしろそーゆー人達が色々と問題を起こしてくれてるから その問題についてあーだこーだ言ったり考えたりできて
そしてなによりそれがぼくにとって一番たのしい!って かんじなんですよ。
世の中、問題を起こす人がいなくなっちゃったら 何も面白くないと思うし。
ムネオさんが問題おこさなかったらこーゆーのも見て楽しめなかったわけだし。ついでにYO!  
ぶっちゃけそれは言い過ぎだけども。
ってそんな楽観的じゃ、甘いよって言われちゃうのかね?
毒舌的にかつ悲観的に、色んな問題について楽観論を語れるのが 一番理想なんだと思うけどな。
楽しくないのに考えてもしょーがない。 世の中笑い飛ばせくらいのノリで生きられれば 本人も楽しいし、まわりも楽しい。
や、楽しくない人も、いるのか!? 笑えない人もいるのか!?きっといるんだぜったい。
そーゆーのは許せないと思うよサスガに。人の目も向けられないような悲劇の上に成り立つ笑いなんて
サスガに求めたりはしないけどぼくだって。けどムネオさんとかはそこまでかよ!ってゆーか
ムネオさんとかは自分が得をするために、いっぱいの悲劇や不幸を作り出して来ちゃってるんだから。
それに比べたらそんくらい(ムネオハウスくらい)って思っちゃったり。

ってヒドイ発言っぽく書いてしまったけど、なんかそんな気がしない?それってぼくだけ?


04-26(金) ログそのB ネタが腐らないウチに。

過去ログから順番にココにペーストしてこうと思ったけど、時事ネタだから古くならないウチに
載せておいた方がよいかなーなんてかんじで、最新ログからここにペースト。
あくまで、ただ、コピーペースト。するのみ。

まずはMSNニュー→ースの記事より勝手にコピー。

【変態山拓、見出しに書けない異常プレー】

“夜ばい疑惑”で一躍、時の人となった自民党の山崎拓幹事長(65)が絶体絶命のピンチに陥った。
24日発売の「週刊文春」が山崎氏の別の愛人女性の赤裸々な告白を掲載、
山崎氏が行った数々の変態プレーや暴言などを暴露したためだ。
相次ぐ愛人報道で、野党はもちろん、自民党内でも山崎氏の幹事長更迭論が強まっているが、
次期衆院選での当選を危ぶむ声すら出始めている。週刊文春が「元愛人の赤裸々手記
山崎拓『変態行為』懇願テープとおぞましい写真」と題して報じた記事とは、
山崎氏が先に同誌が報じた25歳の愛人とは別の女性を愛人として囲い、数々の変態プレーなどをしていたというもの。
平成4年、福岡でのホステス時代に山崎氏と知り合ったというA子さん。
山崎氏の子供を2度中絶したことや、山崎氏との放尿プレー、
さらには山崎氏がA子さんの母親を交えた3人でのセックスを懇願したことを「変態行為」として暴露。
「俺は議員じゃなかったら、絶対AV男優になるんだ」が山崎氏の口癖だったとし、
同6年には当時、自民党筆頭幹事長だった山崎氏が8月に中国、11月に米国、
12月に台湾へ外遊した際にA子さんを同行させたという。結局、2人の関係は昨年11月まで約10年にわたって続き、
別れる際には“退職金”として500万円を渡したという。永田町には、23日昼ごろから同誌のコピーが出回り、
与野党問わず、この話題で持ち切りに。28日には小泉政権の行方を占う参院新潟補選などトリプル選挙が控えているだけに、
与野党幹部が影響などについて会合や電話で慌ただしく意見交換を行った。
当の山崎氏も23日午後、都内の事務所で山崎派幹部と対応策の緊急協議を行ったが、山崎氏は事実関係を否定、
同誌が発売された場合には告訴することを決めた。ただ、山崎氏をめぐる情勢は極めて厳しい。
民主党の鳩山由紀夫代表は「山崎氏は生き残れず、そうなれば小泉政権も崩壊だ」と山崎氏が政権の致命傷になると指摘。
自民党の青木幹雄参院幹事長と野中広務元幹事長も同日夕に会談し対応を協議したが、自民党有力議員はこう打ち明ける。
「山崎氏は事実関係を否定し、文春を告訴すると言っているそうだが、文春サイドは記事に掲載できなかった写真やメモなど、
いろいろな証拠を持っていると聞いている。もはや、幹事長を続けるのは厳しいだろう」公明党幹部も「極めて深刻な事態。
(女性問題は)創価学会の婦人部が最も嫌うところ。28日の選挙戦にも大きな影響が出る。
後は自民党内でどのような判断をするかだ」と突き放す。幹事長交代は「時間の問題」と言えそうだが、
「山崎氏が置かれた厳しい立場は、幹事長交代では済まない」というのは自民党有力筋の1人。
「実は山崎氏の芙美子夫人がかなり激怒しているそうなんだ。数年前に文春が山崎氏の愛人報道をした際には、
夫人は山崎氏とともに支持者の家1万軒を回ってお詫び行脚を行ったが、今はその執行猶予期間中。
にもかかわらず、こんな問題を起こし続けていただけに、後援会にも『選挙は大丈夫か?』との動揺が広がっているんだ」
党内からの交代要求にも耳を貸さず、山崎氏の幹事長続投を宣言してきた小泉首相だが、果たしてどのような判断を下すのか。

それに対するぼくの思ったこと(レスとして書いたこと)

別にこれを100%信じて、それだけで 「山拓キモイ!ダメだ!」って 思ったりするつもりはないけどさー。
エラソーなこと言う人はやっちゃだめでしょう? こーゆーこととか。
売買春とかの問題を語るときでも イメージアップのために、売買春はいけないって いうようなことをエラソーに言うでしょう。
売買春とか愛人関係とかってもんを ぼく的には全然否定するつもりもないし
むしろ文化としてあってもいんじゃないくらいのノリだけども みんなの前でエラソーに「やっちゃダメ!」って
言っておいて自分たちはごまかしごまかしやりまくってる。 それじゃーダメすぎるでしょ。
このハナシって、そのまま「大人と子どもの関係」に あてはまるきがするな。
「お上(政治家財界人などの権力者含む)と国民の関係」 と大人と子どもの関係って似てる。
レポで大人と子どもの関係はあらゆる上下関係の中のひとつだ って書いた気がするけど、最近はまさにそんなかんじだ。
そのうち学校とかでも、先生の秘密を暴露とかリークして ヤバイ先生を辞めさせちゃう動きとかって活発化してくるのかもね。
ってもうそんな動きはちらほらあるか?

「大人と子どもの関係」に関するレポート(ってゆーかエッセイっぽくなっちゃってるけども!?)はコチラ


04-25(木) ログそのA

まずは先生のコメント

タイトル:大塚英二

「インテリ嫌いのインテリ系」っていうのは、いるね。確実に。
テリー伊藤だって、ホントはそうなんちゃうか、と思うこともある。  
が、それはそうと、大塚英志の書く評論は、かなりわかりやすい表現であるとはいえ、
やっぱ「戦後民主主義」の文体なわけだよね。本人が自称している通り。  
それは、もちろん、いまどきの若者には届かない言葉だけど、でも彼がすごいのは、
サブカル(マンガ)という表現形態を通じて、同じことを若者にも届かせようとしている節があること。
ここは、見事というか頭が下がる。吉本隆明は、どんなにポップなふりをしても、
吉本ばななにはかなわないけど、大塚英志なら、試合ぐらいはできそうな気がする。

それに対するぼくの返答

タイトル:そーだね。

テリー伊藤はそうかもしんないね。まーテレビの人だからね。
表向きインテリ嫌いを装ってないとダメなとこあるんだと思う。
でもそのパフォーマンスの裏にはとてつもないインテリ思考の結果に積み上げられたモノがあるんじゃないかと思ったり。
吉本隆明も認めてたけど、今後(というかもうすでに) いわゆる今までの活字表現というものの表現力というか
そういうのが、他の表現媒体に押されて来ちゃったせいもあって、かなり伝わらないというか
受け入れられないという傾向はあると思う。活字表現の勢力がまだまだ元気だった時には  
みんなそれを読んで情報を得るために、勉強とかしたじゃない。本を読むための勉強をしていた。  
でも最近はそんなことしなくても情報はいくらでも手にはいるし。解りやすい情報はいくらでもあったりする。  
(ほら、新聞離れ→ニュースで代用、とかにもあらわれてるように)  
教育学科来てからさー。これでもけっこう頑張って本を読んだんだよ。でもあーゆー小難しい本を読むのってさー。
それなりにスキルがいるんだよね。内容を理解する技術というか知識というかさ。
でも なんかそーゆーことやってるうちに、逆に気付いたというか。  
もともとあんまし本を読むの好きじゃないから。できれば本(=活字)から情報を得るより、
テレビとかで情報を得ていたいんだよね。そっちのがラクだし、面白いし。

本や新聞(=活字表現)なんかよりも、もっと簡単で便利なモノが登場して来ちゃったからね。
しかも誰もが情報を欲しているし、手に入れられる時代だし。一部の人達の特権じゃ無くなった。情報というものが。
別に小難しい新聞や本の内容が理解できなくとも、ほとんど同じ情報がテレビやなんかで簡単に解りやすく手に入るんだもの。
これも時代の流れなんだよなぁって思ったり。 先生にもメールした若者的しゃべりコトバについてのレポあったじゃない。
それについて色々と深めようと思って、図書館で本をあさって読んでたり して思ったんだけども。
やっぱ言語表現も近代から近現代、現代と 移り変わってく中で段階を踏んで変わっていったじゃない。
それと同じような現象としてとらえて、考えてみたりしているんだけども。
(あ、 今まで言ってきたことって、そのまま学校教育とかにも当てはまる気がするな。)
そう考えると、マンガとかってゆーのは受け入れられやすいのかなと思ったり。
活字で伝えたいなら、コラムとかエッセイとかのが強いよね。今の時代。
でもこれからは映像とかマンガとか、そーゆー伝達手段というか表現方法が
今まで以上に台頭してくるとしたらいったいどーなんだろうとか思ったりしちゃう。

 

すいません。まだまだ続きます。今月いっぱいは。これ。


04-24(水) 掲示板ログその@

まずは先生のコメント。

タイトル:現実はどうせ変わらない?

確か、ある論文に書いてあったと思うけど、この目の前の日本社会の「現実」が、しょーもない!
ものであるのは事実だとしても、でも、それは「どうせ変わらない」と思い込まされたその瞬間から、
現在の子どもたちにすくう「無力感」が発生してくるのだそうだ。
そして、そうした「無力感」が、結局は、自分自身を肯定できない「自尊感情」の低さにもつながるのだ、とも。  
うーん、考えちゃうね。 「罠」だよ、これは。もちろん、どこかも悪者が仕掛けたわけじゃあないけど。
現代社会が仕掛けた匿名の「罠」。

それに対するぼくの返答。

タイトル:罠ね。

そうなんだよね。その「罠」から外れようとして考えるといつのまにかその「罠」を仕掛ける側にまわってしまうというか、
「罠」を仕掛けざるおえなくなるというか。そういう世の中のしくみに気付く人と気付かない人
そして気付いてはいるんだけども「罠」は仕掛けたくない人 「罠」の仕掛け方がわからない人、とかって色々いるよね。
その「罠」にひっかからないようにするには 自分も「罠」を仕掛けて他の人を罠に陥れておくしかないというか。
ってキリがない無限に続く問題を、なんだか簡単に言い過ぎちゃってすけども。
漠然としすぎていてぼくにしかわかんない表現っぽいけども。

あ、あと気付かずに罠を落として歩いてる人もいるよね。気付いてやってるか、気付いてないかって結構重要だと思う。
ゼミとかの時にいっつも思ってたんだけどもみんなどこまで考えてその発言してるんだろうってこと。
もちろん、そんなこと言い出したらぼくの発言だってそう思われてるとは思うけども。
世の中で、というかこの場合、日本社会で 当たり前とか常識とかってされてることってあるでしょ。
それっても結局どこかのだれかが考えて言い始めたことじゃん。最初の最初は。ぜったい。
それをね。そのまま受け止めて、人間っていうのはこーゆーもんだとか子どもってのは、
大人ってのはこーだっていうふうに そこから教育のこととかを考え始めてるのか?
それとも、まずその世の中(社会)の当たり前とか常識とかを ちょっと待てよ!?みたいなかんじに考えてみてから
そっから教育のこととか色々と考え始めているかとか。すごい気にして聞いてた時あったのね。
ゼミの時とか、先生達の講義とか。
なんかさー。
それってものごと考える上でのアプローチの問題 (先生が前に教えてくれた構築主義とかそんなかんじのやつね) とかじゃなくって
構造改革っては良く言ったもんだと思っちゃってるんだけども やっぱ教育学は理想ばっか言ってるなんて言われてるのは
そーゆーとこなのかもしんないとか、世の中の先生達とか研究者とか そーゆーのに宮台真治がイヤな顔されちゃうとか、
でもでも 宮台真治のが若者とかにウケがいいとか、解るような気がした。
ってゆっても、ぼく的にはまだ宮台真治は、確かにスゴイけどもなんかやっぱオッサンというか。アタマ良い人の意見だよなぁって。
何人もの女と付き合ってたとかそんなのは知らないってかんじで。なんかちょっぴし勘違いっぽい気もしちゃう。
それは村上龍もしかり。なんかこの人達は インテリ嫌いのインテリ系(←わかる?)にはうけそうなかんじだけども
もっとバカなコ達(その中で言われてるようなコ達)に とても解りやすくかみ砕いてその二人の言ってることを伝えたら
えーこいつら勘違いじゃん。とかってなりそうな気がした。そーするとこれまた先生オススメの大塚英志のほーが
なんか言えてるってゆーか。当たり障りないとこついてるなぁって。
大塚英志と吉本隆明の対談本と、あと消費のヤツとオタクのヤツとか最近色々と読んだけども、なんか言えてるってかんじがした。

 

ってかなり二人のやりとり入ってるっぽいとこあるけども。しかも、そんなこと考えてもしょーがねぇって内容ばっか。ね。
ってゆーか大学なんて所詮そんなもんだそんなところだ。と。思ってみたり。
まーそれはそれで。気が向いたら読んでくださーい。明日も明後日もこれ。ウザさバクハツ!


04-23(火) ムルワカさん。

どうなってんだYO!この国はYO!

やっぱ。この国はサイコーだ。みんなで笑おうこの国を!

こーゆーのやってる人たちの方が、よっぽど人のためになってるよなぁ。

政治家達よりも。国を支えているという人達よりも。常識を作り出す知識人達よりも。

ずっと。

笑いは偉大。だ。笑って生きていれば、なんか幸せだもん。

エライ人達の言動に対して眉間にシワをよせるよりも。

バカにして大いに笑った方が。人生たのしい。

明日からちょっと先生のケージバンで言いたい放題した駄文を、ぼくのためにココに添付していきます。

疲れると思うよ。読むの。ぼくの真面目モードおしゃべりが、いかにウザイかが解る!必見!


04-22(月) ムネオさん。

やっぱこの人すごいわ。そして。ぼくは。この人のファンだ。ぜったい。

最近テレビに登場しないと思ってたら、こんなところに!こんなカタチで!

ってゆーかこれ作った人、うける。天才的。

でもやっぱスゴイのはムネオさん。本人、これ、見たかな!?


04-21(日) もうすぐGWだ。

つってもいっつも休日か仕事かなんだかよく解らないぼくにはカンケーないハナシだけども。

最近、阪神が強いので日本の野球も面白い。

今年も毎日、イチローとかシンジョーの活躍が気になるけども。阪神の活躍も気になっちゃう。

阪神戦、面白いよ。まいにち気になって見てるだけあって、もう気分は阪神ファン。

ちょー詳しくなっちゃったもん。阪神データとかアタマに入りまくり。

今年も野球のおかげで毎日たのしく過ごせそうだ。

今年は野球を生で見に行こうはりきって!とゆーわけで、早速バイトのトモダチと阪神戦を見に行く約束をした。

イッチロゥ!ナンバフィフティワ〜ン!!


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