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「三番線、電車が参ります。白線の内側までお下がりください」
無機質なアナウンスが響く。グレーのコートに身を包んだ男は、足元をふらつかせながらゆっくりと階段を下りた。
呼吸が荒い。
額には脂汗が浮いていた。
頼りない足取りで進む中、向かってきた若いサラリーマンと肩がぶつかる。
「うわっと」
派手によろけたサラリーマンがこちらを睨むが、男は意に介した様子も無く正面を見据えたままふらふらと歩き続けていく。
見開いた目は充血しており、焦点があっていない。
男の視界に映るのは、少女の儚げな笑顔だけ。
……… …まだだ…
まだ見える…
目の前で、美しい少女が微笑む。
ゆらゆらと揺れる髪。
身を包んだ薄手の衣。
その隙間から覗く透き通るような肌。
全てが一点の穢れもない純白に染められた少女。
男はこの少女を探していた。
数日の間、この少女を探し求め彷徨っていた。
だがその危険性も十分察知していたつもりだ。
だから予期せぬ状況で遭遇してしまったときには、すぐさまバイザーをはずしマシンの電源も切った。
その時点で意識は現実に戻って来られた筈なのだ。
なのに…
何故だ…?
何故…まだ見える…?
ここはもう…現実のはずだ…!
なのに何故…
向こうにしかいない筈の―――少女の姿が消えない?
「三番線、電車が参ります。白線の内側までお下がりください」
ひどく目眩がした。
電車の警笛が耳元で鳴っているような気がして、頭にガンガン響く。
少女がまた目の前で微笑む。
俺は…何をしている?
……ここは何処なんだ?
無意識の内に両脚はホームを離れ、ゆっくりと体は落下していく。
鈍痛と共に伝わってくる冷たい床の感触。
だがそこが何処なのかわからない。
男の視界は最早少女に占領され、目前に迫る列車も目に入らずにいた。
もう一度。早く、あそこに行かなければ。
彼なら。
彼ならきっと何とかしてくれる。
手に入れたパスコード。
マリンコードとかいったか。
あれの期限は、まだわずかに残されている。
早く。
彼に会うことが出来れば、まだ望みはある……!
一際大きい警笛が鳴り響く。
悲鳴や怒号がどこか遠くから聞こえてくる。
次の瞬間、男の意識が途切れるまで、眼前の少女が笑顔を絶やすことは無かった。