日中共同沙漠緑化フィールド研修プログラム 2009
プロローグ
一昨年、去年と2回行なってきたボルネオ島における自然体験実習は、今年お休み。
せっかくだから他の先生がやっている海外研修を視察がてらでかけてみようということになったのが作年度末のお話。今、順調に準備が進んでいます(?)。
もう少し今回の研修について、自分なりに定義付けると;
1.大陸に行ったことがない(大陸の植物には特別思い入れがない)
2.中国雲南は、日本の植生を構成する祖先集団と言えるので興味がある(日華植物区系)
3.普通に考えると植物のない沙漠に出かけるわけがない(職業柄、、、)
4.中国に率先して行くことはちょっと考えられない(他に行きたい場所が山ほどある)
とまぁ、そんなところでしょうか。なので学生実習に乗っかった、というわけです。
とりあえず初めていく国なので、わからないことだらけです。
内蒙古って、そもそもどこなの?(←ぉぃ。。。)
そして主宰の吉崎先生は、不安になることをさらりと言う。
Y「下痢については、下痢止めよりも腸整剤のほうが効果があるように思います。」
K「そんなにヤバイもの食べるの?」
Y「酒はだいじょうぶでしょうか?かなり洗礼を浴びますので、消化剤をご持参ください。ウコンなども有効です。」
K「どんだけ飲むねん。恐るべし、中国の「リアル干杯(カンペイ:ほんとに杯を空にすること)」
Y「サングラス、マスク、合羽、長袖シャツ、カメラカバー必須です。」
K「ちなみに沙漠といっても内蒙古の標高が高いところだし、気温はどれくらいになるんですか?」
Y「いや〜、そんなに高くならないですよ、35,6℃くらいかなぁ?」
K「十分高いっす。」
Y「雨が降るとがくっと気温が下がるんですよ、上着が要ります。ちなみに僕は完璧な晴れ男です。」
K「………。そりゃ沙漠なんで…。」
Y「去年はカメラ壊しました。普通にしてたのに風が強くて。」
K「…防水防塵買います…」
Y「あと、GPS持ってたら没収されて〜(酷いとスパイ扱い)、ある日突然国家権力にヤラレル感じですよ」
K「いやそれヤバイって…」
Y「トイレットペーパは中の芯を抜いて持参してください。」
K「フィールド屋なのでおおよそ予想はつきますが、念のため何に使うのか教えてもらってもいいですか?」
Y「要望があればいってください、できるだけ対応します。風呂以外は。」
K「……風呂はどうにもならないってことなんですね。」
うう〜〜ん、ちょっと想像がつきません。
いったいどうなるんでしょう、私。。。
楽しくなってきました♪とりあえず8月4日の事前学習会を楽しみにしておきます。
8月4日(火)事前学習会
ようやく「内モンゴル」がどこにあるのか、どういう位置づけなのかがわかりました!(遅;
見れば見るほど不思議な場所です。

左上の地図の赤い部分が、「中国内蒙古自治区」、それを拡大すると↑こんな感じです。
ちなみに赤い部分の上側、欠けている部分が「外モンゴル」、つまりモンゴル国:独立国家になります。
我々が行くのは左の端っこ、阿拉善左旗という場所です。
北京から1時間45分、中国の寧夏回族自治区(これも自治区!?複雑…)の銀川という空港へ降り立ち、そこからバスで阿拉善を目指します。銀川は黄河の中洲というかほんとに湿地帯で、水田が見られるらしいのですが、西側の山脈(国家級自然保護区の賀蘭山、約3500m)を越えると、そこは文字通り「沙漠」です。ここが実習地になります。
ちなみに寧夏回族ってのはやっぱり回教、つまりイスラムらしいんですよ。ここにきてまたイスラムとは、実に私、イスラムと縁がある。でも吉崎先生は「すんごい酒飲み」って言ってたと思うんですが、、、ここの回教徒も酒飲むんですか?いいんですか?
疑問点;賀蘭山ってどうやってできたの?
結果的に沙漠が東に拡大するのを防ぐのは確実だと思うんだけど、この地形、全然理解できないんです。なぜ南北に250kmも伸びる形で突然3500mの山脈ができたんでしょう?だれか教えてください。黄河がここだけ曲げられて南北に流れているのもその影響だと思うんですが、雲南みたいにインド亜大陸に押されて褶曲するには向きも違うし、距離がありすぎるというか。
内モンゴル対策;
その1)カメラ買いました

防水、耐衝撃、スーパーマクロでLED点灯。
これで砂嵐でも写真が取れる。1.5mから落としても平気。汚れたら洗える。あまり使わないが3mまでならこのまま潜れる。暗い場所でマクロ撮影する時に、LEDがあると簡単にピントが合わせられて便利(コンデジの場合、ピントが合わないとシャッター下りない)。しかも3枚の写真を合成してパノラマにできる。賢すぎ。
でもマクロはやっぱり一眼レフの方が圧倒的にいいので、砂でレンズ壊すのは目に見えているけど持って行きたいなぁ…(ちなみにこれまたあまり使わないが、携帯も防水にしてみた)
その2)薬を買い込んだ!
酔い止め(パリダカも真っ青、砂丘をジープで縦走!)、胃薬、整腸剤、日焼け止め、目薬、なんでも来い!
ついでに水があまり使えないので、ドライシャンプー(介護用)も購入。
その3)偏光UVカットサングラス購入。そして紫外線対策帽子。
目が特殊に(?)悪いので、なかなかいいのがなくて。この前ハワイで買ったのはかけてると視神経が疲れて頭痛が起こるという代物。今度のはどうでしょう?
そしてまた特殊に虚弱体質(?)で極度に紫外線に弱い(アレルギー)私には必須アイテムの帽子。取り外しができる襟まで防御する布付き。完全防備!
日程はこんな感じ。
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月日 |
日程 |
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8月22日 |
成田→北京 |
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8月23日 |
北京→銀川、西夏王陵見学→阿拉善(JICA環境教育センター) |
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8月24日 |
センター付近の緑化の現状視察 調査区と砂丘の見学、沙漠化の講義 |
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8月25日 |
調査(植樹、植栽樹の成長調査、砂丘の植生)→雨天中止 屋内での講義および実習の練習 |
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8月26日 |
寧夏大学(銀川市)訪問 草方格の見学 |
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8月27日 |
沙漠の視察 賀蘭山森林保護区視察 |
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8月28日 |
植樹(雨天決行) 遊牧民訪問、聞き取り調査 |
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8月29日 |
沙漠化地域での調査研究(植栽樹の成長調査、砂丘の植生) 阿拉善の学生との交流 |
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8月30日 |
阿拉善の街ブラ、遊牧民の家で聞き取り、阿拉善→銀川 |
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8月31日 |
銀川→北京、天安門&故宮博物院見学 |
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9月1日 |
フリー(万里の長城見学) |
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9月2日 |
北京→成田 |
砂まみれの日々が8日間!
ううーーん。
これまで、水に困る生活をしたことがないことに気がつきました。
飲み水はまあ海外ならどこに行ってもミネラルウォーターを買う以外ないのでいいのですが、風呂、トイレが大変そうです。
学生さんの噂話で「トイレと食事が最悪って聞いたんですが、、、」という発言があってちょっと驚きました。
誰でもどこでもそうですが、生活習慣の違い、気候風土の違いで、いろいろな不自由があるのは当然でしょう。でもそれを「最悪」と捉えるのか、それとも「文化」と捉えるのかの違いによって、見えてくるものに大きな差が出ると思うのです。「最悪」としか捉えられなかったということは、海外に行って尚、自分の固定観念を打ち砕くことのできなかった人なのではないかと。沙漠という場所に行くのですから、水が大事、という当たり前のことをたぶん身をもって実感できるはずです。そしてただ蛇口をひねるだけで安全で綺麗な水がつかえるという日本のありがたさを感じられるのではないでしょうか。また風呂やトイレに不自由した経験から、水を工夫して使ってきた人々の知恵や、そういう環境で発達してきた文化への理解も深まるはずです。その土地で食べるもののことを食文化というように、これも文化の一つです。生まれてからずっと食べなれてきたものが美味しいと思うのは当たり前で、食べなれてない新しいものに出会えることはチャンスなのです。それが自分の価値観に合うか合わないかはそれぞれの判断ですが、他の地域の価値観を否定したり、誤解を与えるように吹聴したりしてはいけません。そういう文化が生まれたことには、必ず背景があるのですから。こういうさまざまなものの見方をできるようになることが、海外にでかける最も重要な意義だと思うのです。
私は、水のない阿拉善から湿地帯銀川に戻ってきたときに、なぜ古代文明は河のそばで発祥したのか、身をもってわかるような気がしています。
初めて訪れる乾燥した大陸の地:内モンゴルで、いったいどんな固定観念を覆す体験ができるのか!?
楽しみで仕方ありません。
一緒に行く学生さんにもぜひ、いろいろな意味で楽しんでほしいと思います。
それにしても、同じ自治区でもウイグルはたくさん旅行情報があるのに、内モンゴルはほんとなーーんもない。中国の文化にはほっとんど興味がないのでよく知らないけれど、少しだけ勉強してから出かけよう。
フタコブラクダに会いたいなぁ〜。
いざ、しゅっぱ〜つ!
090822
13時空港集合。と同時に集合場所である出発ターミナルが間違っていることが判明。大丈夫なのだろうか…

予定通り北京着18:15。夕食を取りながらホテルへ向かう。夕食は当然中華、みんなで円卓を囲むものの、店のおばちゃんが看守のように監視していてみやげ物を売ろうとよく喋る。日本語なのであからさまに文句も言えず、皆ただ黙って下を向いてごはんを食べる。ホテルについてからは夜の街にふらっと出かけてみたが、マッサージ屋と果物屋くらいしか開いてないのでそのまま戻り就寝。
090823

7時朝食。8時出発。イメージどおりのスモッグ?北京市内は霞んでいた。ただの霧に違いないと思い込みながらバスに揺られて空港へ。中国はさすがに土地が広く、道幅もとてつもなく広かった。空港は去年の北京オリンピックのために新しくなっていて、駐車場の屋根がすべて屋上緑化になっているとのこと。
北京から銀川へ移動。飛行機で黄河を横切ったり、砂漠化地域の様子が見られたり、地形もよく観察できた。


(左)砂が、まるで巨大な生き物のように方向性を持って移動している様子が伝わるだろうか。薄気味悪い。
(右)空から黄河を臨む。さっきまでの沙漠化地域がウソのように青々と広がる水田。
銀川ではごはんを食べ、スーパーで少し買い物をしてから、西夏御陵を見学した。かつて独自の文字をも持ったこの西夏は、モンゴルの侵略によって滅ぼされた…らしい。内蒙古は自治区といっても、単に漢民族にやられたのではなくて、歴史的にはとても複雑なのねぇ。。。

しかし文化財にはあまり興味がないことを再認識。やっぱり文化も自然を背景に成り立ったものなので、まずはその自然を見てからでないと。(言い訳)
御陵自体は1000年たっても草が生えてこないように突き固めたと言っていたが、後世の人間が勝手に解釈しただけのように思える。小型で丸っこいピラミッドのような、御陵を遠くから見学。その後。一路内モンゴルへ。JICA環境教育センターに到着。日本語の流暢なうーさんが挨拶。歓迎の宴でモンゴル民族の歌や踊りを披露してくれる。が、その強靭な体力と飲みっぷり、エネルギーには圧巻。
090824
6時半起床。7時から簡単な朝食。
午前中はうーさんが施設の周りの緑化区域内を説明しながら歩く。
テンゲル沙漠は年間降水量120mm、砂は年間20mくらい移動してしまう。ここでは元々地理的・気候的条件から降雨量の少ない地域であったが、近年では人為的要因も加わって一層乾燥化が進み、砂の流動によって沙漠化が進んできていた。施設ができた当初は、砂利道も作った傍から砂に埋もれていったという。沙漠を緑にするのではなく、本来あった植生に戻すことが目標なので、在来種の花棒(左)、沙拐棗(中)、冬青(右)などを植林している。植えた植生の劣化を抑えるために、今は地下水を利用して植生を回復させているらしい。



乾燥へ適応した結果、葉が棒状になった花棒、沙拐棗。
唯一の常緑性植物、冬青。葉の表面を白くすることで反射率を上げていると考えられている。
砂漠緑化で地下水利用はタブーなのでは?と思ったが、とりあえずJICAの支援を受けている手前、「見た目緑になった」ことの証拠作りをしている状況らしい。15年後、20年後は地下水が枯れてすべて枯れるかも、という現地サイドの言葉に、ちょっとスパンが短すぎるし、本当に重要なのは見た目緑なのではなくて持続的に植生を守れる知識の普及と収入源だぞ、と思うのは、外から見た優等生的な考えなのだろうか。短絡的に成果を求めるとロクなことにはならないよ。お金を出す方に少しの知識があれば、こんなことをしなくても持続可能な緑化ができるかもしれないのに―――
うーさんの言葉で印象的だったのは、「骨になるのは三種の植物(先の花棒、沙拐棗、冬青)、肉になるのはその三種が生育すれば自然に出てくる植物たち、そしてからだを作るのにもう1つ重要なのは血液、これが地下水です」。こうして生態系はひとつの生き物のように機能するんだなと思った。敷地の中には4本の井戸があり、40mほどの深さからくみ上げているらしい。後でわかったことだが、掘ってもなかなか水が出ず、遠くへ生活用水を汲みに行っている家庭が多いそうだ。
植物は皆、乾燥適応で葉が似たような形になり見分けがつきにくい。いかに苛酷な環境で進化してきたのか興味深い。持続可能な緑化のために、元々の遊牧民が種を集めたり、家畜を飼うなどの取り組みもしているそうだ。これが実になる日はいつになるのだろう。

その後、1台のトラクターに20人が乗るというサーカスのような移動をし、砂丘へ。

これが1年に20m移動するという流動砂丘(奥の方)。手前は「白刺」という植物によって砂が固定されて流動しなくなった状態の「マウンド」。砂が固定されるだけで、沙漠化は一旦止まる。ただし白刺は砂の供給がなくなるとそのうち枯れてしまうらしい。複雑な遷移ですなぁ。。。念願のフタコブラクダ、わかります?今日のカメラ(オリンパス)ではこれが限界。

足の速いトカゲも走り回っている。たくさんの潅木、草本の間を縫って歩く。砂には、姿は見えないけれどもたくさんの動物たちの足跡も。来る前に思い描いていた「沙漠」とはかけ離れた、生き物のたくさんいる場所。「沙漠」と「砂漠化」が違うことを知識として知っていても、なんとなく理解ができない。



左:沙葱。食用。何度も食卓に上った。葱臭は弱いのでおひたしみたいに食べられる。
中:キク科?葉が縮れていかにも乾燥に強そう。
右:塩分濃度の高い地下水を吸っているために、植物の根の周りに塩が結晶化するらしい。植物体自体が枯れた後、化石のようなストロー状のものがごろごろと、、、
お昼に施設まで戻り、午後はうーさんによるこの事業に関する講義。

「沙漠は生態系の弱いところに向かって広がる」という言葉が印象的だった。グリーンベルトができるとそこを迂回して砂が移動していくらしい。植生ができれば風が弱まるから、考えてみれば当然のことだけど、それっていろいろ難しいよね。だって全体のバランスとして、ここに緑ができれば他の場所が砂漠化し、沙漠がすべて緑化されれば他のどこかが沙漠になるってことでしょ?それに―――沙漠とは自然に遷移して沙漠になったもの。全地球的な要因で沙漠は地球上に必ずできる。今、乾燥化が進んでいるとしても、それは全地球的な要因が効いているからであって、何か対策を立てる必要性があるのだろうか?いや、対策を立てられるほどの規模のものなのだろうか?(もちろん人為的な要因は否定しないけど)。他の環境問題と同様に、沙漠化の本質的な問題は「そこに人間が住んでいること」に他ならない。だから「人間の福利のために」沙漠化を食い止めよう、というのは一応理解できる(他の環境問題も「人間の福利のために」今の環境を維持しよう、という取り組みに過ぎないので)。でも「人間」を、他の生物と同様に「生態系を構成する1種」であると認識するとしたら、、、?
ここが、自然科学(基礎科学)としての立場と、自然科学+社会科学(応用科学)としての立場で、最もギャップのあるところだと改めて思った。自分は確実に基礎理学の考え方なので、これまで46億年かけてできた現在の環境が、時間と共に変遷していくことには何の抵抗もない。それが人間という種によって急激な変遷を遂げているとしても―――が、念のため申し添えておくと「人間の福利のために環境を維持する」ことに否定的なわけではない。自分にとって快適な環境は大事なので。
ぐるぐる〜。よく悩むところでまた悩み事が発生。実際に沙漠化地域をみれば、少しは答えが見つかるんじゃないかと思ったけどやっぱり無理だった。
これまでの感想について全員ディスカッション。「沙漠」と「砂漠化」の区別もついてない、「沙漠を緑化しに来た」様子の学生たちに一抹の不安を覚える。環境学ってのは学問じゃないんだよ、環境に対してどういう切り口で考えるのかが重要なんだよ。だからまずは基礎科学を勉強してね。
案の定、風呂はお湯がでない。ここは諦めて寒いが水浴び。
090825
朝から雨。体温が奪われる北西の風で体力消耗。沙漠がこんなに寒いとは…(泣;)とりあえずありったけのものを着てみるが…

本日のメニュー、吉崎研の卒研生による調査が雨でできず。。。


とりあえず3班に分かれ、水準測量、コンパス測量、マウンド調査の練習を行なった。意外にも、学生たちはこの調査が楽しみだった様子。低学年のうちから卒研のデータ取りの体験をしておくのも、今後のためにはいいのかも。午後になっても雨がやまないので、植物の標本作りを行なう。外で植物を10種取ってきて、標本や展示、図鑑とあわせて種を同定する。図鑑から、本来はどのような場所に生えているのかをまとめた。人海戦術のすばらしいところ、各自が調べることにより予想よりはるかに種数の多いこの砂漠化地域の植物についてまとめることができそうだ。ただ中国名が全く読めないので調べるのも困難。
教員は暇なのでぶらぶらと生物多様性区をうろうろした。小さな庭園のようにここで見られる植物が植えてあり、名前もついていた。でも学名で書いて欲しかった。中国名で書かれても、サッパリわからん。
ちなみにここでの緑化は「昔の環境に戻す」ことを念頭においているが、「いつの昔」に戻すのだろう。。。50年前?100年前?それとも1000年前?それによってずいぶん違ってくると思うのだけれど…
どこまでも続く地平線。ここは「ゴビ」。

「ゴビ砂漠」という場所は実はなくて、礫原というか、ごろごろした荒原のことを「ゴビ」というのだそうな。でも私には、ここが元々ゴビだったのか、それとも近年砂漠化によって草原がゴビになったのか、それすらもわからない。とにかく広い。見渡す限りどこまでも荒れた平原、なんというか、言葉を失う。
夕方、ようやく太陽が顔を出した。夕日に照らされる花棒。

明日はいい天気の予感!
090826

予想通りの快晴。今日は暑くなりそう、ということで皆でポリタンクに水を入れて外に並べる。これで帰ってくることにはちょうどいいお湯が出来上がっていて、あったかいシャワーに入れるという計算。おぉ〜涙ぐましい努力。

銀川市内の寧夏大学を訪問。銀川市内は黄河の影響で霧がかかっているのかと思ったら、やはりその霧が変なにおいのするスモッグだった。こんな田舎町?でこれでは、都会はどうしようもない。大学は現地駐在日本人研究員の田中さんに案内していただいた。日本の大学よりもはるかに綺麗で規模が大きかった。沙地農業のつながりで、島根大学との共同研究が行なわれていた。ネットで寧夏回族自治区で検索した結果唯一出てきた理系の本を書いた先生がいて、その本をいただいた。農業に関するものだが面白そう。さわりだけ読むと、寧夏回族自治区では、黄河を利用して農業のできる「川区」と、それ以外の「山区」では貧富の差がかなりあるようで、文化的にも経済的にも大きな問題を抱えているそうだ。
その後、大泉地区へ移動。

昔は砂漠化地域だったこの場所は、うまく緑化が行なえたために現在では果樹園になっている。伝統的な回教徒の住居が並び、黄河から引いた水で水田が作られている。お昼で出たプラムや桃は絶品。(ここで持ち帰った果物は最後まで唯一の気分転換になろうとは。。。)
その後、流動砂丘を物理的に止めるはたらきをもつ「草方格」を見学した。1m四方の枠を麦わらで作ると、そこは風が弱まって砂が動きにくくなる。すると植生が回復してくるという方法。5年くらいで麦わらは分解してしまい、表面に結皮(biological crust)ができると、砂の移動が起こらなくなるので成功といえる。


左)どこまでも続く草方格の施された砂山。
右)近景。1m四方というのも、研究に研究を重ねて算出されたサイズだそうな。確かにこれなら砂は動かない。


左)施術後8年、表面に結皮ができた。ぱりぱりに硬くなっていて砂は固定したものの、新たな植物が侵入するのは困難に見える。こういう場合、鶏などを飼って踏み荒らしてもらうとその後の植物の侵入がうまくいくらしい。
右)流動砂丘の様子。風が吹くと砂が舞い上がるが、今回は見ることができなかった。
それにしても中国の人海戦術はたいしたものだ。それに巨額の資金も投入できるのも。
夜は夜で−−−ついに期待していた満天の星空☆

天の川はもちろん、木星の衛星や北斗七星もはっきりとカメラに収めることができた。すごすぎる。
090827
8時出発で沙漠ツアー。70元。ジープに乗せられ、沙漠に踏み入れたとたん、縦横無尽に砂丘を走り回る!傾斜もグリップもすべてが限界を超えている(ように感じる)。おおぉ〜、お兄ちゃん、やっぱり騎馬民族の血が流れているのね?周りのジープと余裕の笑顔(場合によっては携帯で喋りながら)で競ってる!?パリダカールラリー。。。出てみたら?

15分ほど沙漠ラリーを楽しむ(?)と、そこに現れたのはオアシス。

静か。水辺にはヨシが生え、水中にはバイカモ。水辺には羊が草をはみ、水面には砂丘が映る、文字通り絵に描いたような風景。

そして背後にはどこまでも続く砂丘。
砂にはたくさんの種類の動物の足跡が刻まれて、たくさんの命を抱えている沙漠の姿を想像することができた。沙漠には沙漠の生態系。砂漠化地域も手を加えなければいずれは本物の沙漠になる。そして沙漠の生態系が成り立つのだ。緑化とは何なのだろう。
午後は国家AAAA級景区南寺生態旅遊区賀蘭山へ。

すごい岩肌、急峻な地形にへばりつくように建てられた色鮮やかな建造物、ダライラマ三世のお寺。
しかし―――ここで言い知れぬ「イライラ」を感じるようになった。見るものすべてが茶色。荒れ果てたゴビ。あるとしてもくすんだ緑。やはり私は植物屋、美しい緑がどこにも見えないこの環境に、どこかでストレスを感じていたに違いない。思うに、沙漠の植物が乾燥に適応して葉をトゲにしてしまうのと同じで、人間も極度の乾燥条件下では「心がトゲトゲになってくる」のではないかと―――緑はやっぱり心を癒すものなんだ、と実感。


その後、標高2000mまでバスで上がると、突然針葉樹の森が開けた。林床にはコケも生え、たくさんの草も花を咲かせていた。さっきまでゴビの真ん中にいたのに、これほどまでに変わる風景はすごい。谷沿いに水蒸気が昇って湿潤な環境になっているのだろうか。まるで日本でも見られる針葉樹の森(そのために学生には何の感動もなかったようだ。感動するためには、まず「ここにこんなものがあるわけない」と思える知識が必要なことがよくわかった)。研修所の周りは賀蘭山の扇状地になっているが、これは昔もっと降水量が多く、賀蘭山の岩が崩れて堆積したものである。この扇状地を作るだけの降雨がかつてあったということが驚き。今の「ワジ(水の枯れた川)」もその名残なのだろう。
ラクダがいたので乗ってみる。20元。毛が柔らかく、草地での乗り心地はなかなか。さすが「沙漠の舟」。穏やかな表情に癒される〜。
この日は一日中晴天で、暑いのではないがだるい感じで過ぎ、宿舎に帰るとタンクの水がみごとにお湯になっていた。太陽の力はやっぱりすごい。
090828

卒論のデータ取りに支障をきたして、とりあえず神頼みの河合さん。この5分後に雨が降り始めた。寒い。ここの人達には我々が雨を連れてきたと感謝されているが、それどころではない。(ちなみに帰るときに危うくてるてる坊主をはずし忘れそうになってうーさんに注意された)
午前中は中間総括と記念植樹。中間総括では、相変わらず「自分の範疇を出られていない発言」があまりにも多くてウンザリ。ようやく吉崎先生も、「砂漠化」について語り始める。「砂漠を緑にしようとは思っていない。砂漠は地球上に必ずできるもの。」という吉崎先生に学生ぽかーん。ここで「なぜ沙漠ができるのか」ということを正確に説明してもらい、ようやくどうにか「沙漠」は理解できた様子。ここで砂漠化に対する問題として、自然科学の力だけではどうにもならないということ、つまり人の生活(社会科学)の観点からもこの問題には取り組まなくてはならないという難しい課題を示された。最近、講義で話をしても「で、どうすればいいんですか」とか「結論は?」とか「答えを教えてくれればいいです」とか言われることが多いけど、「環境問題」への答えはひとつではないということ、まだわからないことがたくさんあるということ、そして答えを教えてもらうのではなく一人一人が考えていかなければならないということに気づいて欲しい。
また中国の都会に住む若い人が自国にこういう環境があることを知らなすぎで、もっと教育的に余地があるという意見があったが、ボルネオの熱帯林や日本の里山でも同様であると共感した。もっと若い人が、身近な環境に目を向けてくれれば、これからの問題を考えるきっかけになるのになぁ。

雷も収まったのでコノテガシワ(側柏)を一人一本植樹した。再び「緑化って一体何なんでしょう」。。。たしかに中国原産ではあるけれど、こういう針葉樹を並べて植えて、どうなるんでしょう?…でもちゃんと活着してくれるといいなぁ。(複雑。。。)

そろそろ疲れが溜まってきたので午後はのんびりめに元遊牧民のところへ聞き取り調査。家の周囲には風力発電、ソーラーパネル、太陽光でお湯が沸く装置、雨水の利用…自然の力を利用して共存している人達に見えた。
「モンゴル族にとっての『草原』とは、命。草原とは草が茂る場所だけでなく砂地、水辺なども含むんだ」
つまり自分たちを取り巻く身近な自然環境(=生態系)すべてをさして彼らは「命」と表現しているのだ。感動した。自分たちの生活だけなら、今も変わらず自然と調和した生活が送れていたのかもしれない。社会が発達すると利潤を生み、それが加速されて破壊につながる。自然科学だけでなく、人間の生活が絡むから、環境問題はより複雑になっているんだろう。頭では最初から完全にわかっていることだけど、何でいまさらそんなことを思い知るんだろうね。。。
また彼らは、砂漠化は人為的なものだけでなく、自然自体が変化している(雨季が遅くなる、短くなる)のだといっていた。人為的なものが拍車をかけているのは否定しないが、やはり自然は自然に変遷する。彼らは自然と共存しているからこそ、その気候の変化に気づいているんだろう。60年代までは背丈ほどもある草原、沙漠でもラクダが見えなくなるほどでよく雨も降っていた。たった数十年で、そんなに気候って変わるものなのだろうか。その理由は?禁牧が、定住が、果たして自然環境に良い政策だったのだろうか?
昔から、沙漠はあった。沙漠と砂漠化。モンゴル族の人はどうとらえているのだろう。
課題ばかりを突きつけられたように感じた。
090829

昨日の雨がウソのような快晴、車には朝露が。
こういう場面こそ、学生諸君には気がついてほしいところなんだよね。「なぜこんな水のないとこに、生物がいきてるのかなぁ〜」とか昼間にぶつぶつ言ってないで、朝早く起きてみれば朝露が草を濡らしているのがわかるでしょ。これが、沙漠の生態系の源なんだよ。だから昼間に砂丘を歩いてもあまり生物に会わないけど、砂には誰かが歩いた痕跡が残っているんだよ。もっと想像力を使って、今見えてないものを見る努力をしてみようよ。
阿拉善の大学生10名が交流のためやってくる。花棒の植林をみんなで行なう。まず幅50cm深さ40cmくらいの溝を一列に掘り、そこにさらに穴を掘って苗を2本ずつ植える。これが成長すると防風林のようになるはず。ここでも人海戦術、かぁ。それにしてもパンダとトキって…。。。


10時過ぎ、先日雨でできなかった河合さんの卒研のための調査を開始。阿拉善の学生も混じっているので始動が遅い。30人を3グループに分けて水準測量、コンパス測量、マウンド調査を行なう。昼までに一通り説明を終えて研修施設に戻る。午後は暑くて仕事にならないので自己紹介と名前を覚えるゲームをして学生同士はずいぶん打ち解けた様子。16時過ぎ、外の調査の続きに向かう。手の空いた人で、1つのマウンドの白刺を掘り起こしてみる。どうも1山が1個体のように見える。周辺のマウンドのも含めてサンプリングし、DNA解析をかけてみることにした。


なんだかんだでうまく測量をこなしている。河合さんはようやく自分の仕事が進んでホッとした様子。
19時、予定通り調査は終了。砂丘に沈む太陽が見たくて、その場に残る。

砂丘に沈む太陽。最後に吹いた風の向きで砂丘の形が決まるのだとか。美しい。

日没後、餌を食べに現れたラクダの群れ。こっちをじっと見ている。やはり動物観察は早朝と夕暮れが良し。

今日の夕暮れは、一番綺麗だったかも。
その後、飲み会&キャンプファイヤーで盛り上がっていた(らしい)。
090830
沙漠最終日、阿拉善の学生に案内されて街ブラ。学生はお土産などを見に行ったが、こちらはどうしてもこの街でしか手に入らないであろうローカルな本を買いたくてうーさんに案内してもらった。内蒙古、阿拉善の地図や写真集、本や高校の教科書などを購入。本屋でも英語が通じない!!!うーさんがいないと買い物1つできないことに驚き。お昼は「火鍋」。一度食べてみたかったんだよね。羊肉なので多少臭みはあるものの、美味!久しぶりの炒め物ではない、脂っこくない食事で大変に満足した。この鍋欲しい〜。


亜拉善の学生たちと別れて、もう1軒遊牧民のお宅を訪問。これで「このあたりで一番まともな草原」だという。ここでも最近は草が減っていると感じているらしい。

うーさんたちとも別れて銀川へ。
万里の長城を越えるとそこには緑の畑が広がっていた。窓の外を見ながら、最初の宿題を思い出す。古代文明がなぜ川のそばでおこったのか?-―――その答えとして感じたことは「乾燥地では水という物質自体が不足しているだけでなく、水がないために生態系の基盤である生産者=植物が育たないことから生態系のバランスが悪く、高次消費者である人間が物質的な余裕を持って生活できないから」、そして「水があることで気候の変動が緩和され、過ごしやすい環境を維持できるから。そしてそれが精神的な余裕をもたらすから」ということなのではないだろうか。たぶん阿拉善のような厳しい環境では私は最初に淘汰されてしまうだろう。
酷い交通渋滞、カオス状態の自転車や歩行者。事故が起こらないわけがない。

銀川のホテルでは久しぶりにたっぷりお湯を使った。やはり生物に水は必要だ。
090831
朝5時半、通りを走るクラクションの音で起こされる。1時間耳をふさぎながらうとうとするが、結局寝られず。うるさすぎ。
銀川から北京へ移動。バスで天安門と故宮博物院へ向かう。天安門の近くには公安がうじゃうじゃいる。


よくニュースで天安門が霞んでいるのをみるけど、あれは朝のニュースだからじゃなくて、万年霞んでいることが判明。街全体も霞んでいる。しかもそんなに遠く離れてるわけじゃないのに。マスク必須。喉が痛い。暑くて疲れて空気が悪いのでキツカッタ。故宮博物院、一応写真のみ。




トロリーバスの電線、すごいな。なんで絡まないのか不思議〜。
夕食は今までで一番美味しいレストランだった。さすが北京、日本人にも合うようにソツのない味付け(=特徴を消している)。都会では外国人にも合うように操作されているだけで、今までのが美味しくなかったわけじゃないってこと、学生諸君は理解してるかな。
ホテルに入った後、王府井へタクシーで向かう。お土産や、民族文化街をぶらつき、かなり押し売り的な人にてこずりながらどうにかいろいろ買い込んだ。雑多。

090901
オプショナルツアーで万里の長城へ。標高が800mくらいだけど寒いし霧が(これは本物の霧)でているので眺望がイマイチ。人がとにかく多かった。それにしてもよくもまあ、こんな急峻なところに城壁を築いたね。これじゃ敵は疲れて登ってこないだろうが、味方もまたしかり。一応世界遺産を「見た」ってことで、満足満足。


七宝焼きの工場見物&ランチ。写真なし。
北京五輪の「鳥の巣」見物。周囲にもへんてこな建物がたくさん建っている。

異文化理解のために〜、タツノオトシゴ食べてます。サソリ食べた人もいます。お味は?


本屋で立ち読みならぬ座って読む人達。これが許される根拠がよくわかんない。でもこのせいで、買おうと思う本がぼろぼろなのは何とかしてほしい。
090902
最後の朝食。オレンジのは「ハミグワ」。ウイグルのハミという村で取れる瓜(グワ)なんだけど、たまに日本にも輸入してたりして、昔から大好きなんです。これだけはもっともっと食べたかったなぁ〜。この後、発熱騒ぎがあって大騒ぎ。

相変わらず北京は霞んでます。管制塔が見えないってどうよ?昼なのに滑走路にガイドランプが点いてるってどうよ?

ソウル上空を通過して、ようやく成田へ着きます。長かったようで長かった。。。
来年の春、黄沙が降る頃、きっとこの研修のことを思い出すことでしょう。長旅をしてきた黄沙に、「おつかれ!」…とはいえないかなぁ。

…沙漠以外の場所については、客観性を保つために極力コメントを入れませんでした。
おしまい。